[一高新校舎]
いきいきとしたる諸君を見つるときよみがへりくるは何といはむかも 斎藤茂吉
いそがしく駒場よぎりて行きしこと少年の記憶のただひとつのみ
今から90年前の歌。
「よみがへりくる」ものは、何よりまず「いそがしさ」の体感だった。感傷に曇ると見せかけて、そうはゆかぬ茂吉博士🧐
この二首セットは一見地味だが、即かず離れずな自問自答形式による「ミニマム連作」として、なかなか気の利いたものだ。
それと同時に、字余り気味のもごもごとした口調(記憶をたぐる営みにシンクロするかの如く)が、二首の歌に統一性を与えている点も要注目と言える。
斎藤茂吉がこの二首を詠んだのは、旧制第一高等学校が向ヶ岡から駒場に移転した翌年(1936年)のこと。
つまり、茂吉自身が一高生の頃(?)に「いそがしく駒場よぎりて行きし」という経験を持つといっても、そこに一高のキャンパスは、未だなかったわけである。