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夢は枯野を
芭蕉の辞世の句には、
いろいろな表記が行われてきたようだが、 私の読んだ限りでは、 「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」というのが オリジナルに最も近いらしい。 「病で」という送り仮名の付け方が、 現在ではめったに見られなくなったことや、 「廻る」が、「まはる」とも読めることに鑑みれば、 流布の過程で、様々に書きかえられてしまったのも、 仕方がないことだと言えようか。 この句を絶唱たらしめる、最たる要素は、 「たびにやんで」という字余りであり、 なおかつ、字余り部分の「で」という鈍重な響きである。 失速したジャンボ・ジェットが、 砂塵の中へ胴体着陸してゆくような韻律は、 芭蕉の肉体がもはや再起不能だということや、 また、そんな芭蕉の無念の思いをも、 残酷なまでの表現力で物語ってくる。 耳を澄ませて、そこまで読み込んで(聴き込んで)こそ、 「夢は枯野をかけめぐる」という後半部分に備わった 一種不可思議な軽みが、活きてくるのだ。 詩歌を読むという作業は、 もっと、韻と律の工学でなければならないし、 韻律の工学が成り立つためには、 韻律の心理学を、もっと意識しなければならない。 それはそうと、この句には、 ドナルド・キーンによる英訳がある。 Stricken on a journey, My dreams go wandering round Withered fields. キーン教授は「旅に病で」を、 "Stricken on a journey"と訳した。 日本語に直訳すれば、 「旅の途上で打ちのめされて」となるだろうか。 "stricken"は、"strike"の過去分詞形である。 私は上述のように、「旅に病で」の韻律から、 芭蕉の肉体が、自ら力尽きてゆく様子をイメージする。 つまり、内部からの崩壊として読む傾向にあるわけだが、 キーン教授は、芭蕉が死神の鉄槌を食らう姿を、 同じ「旅に病で」という言葉から、想起したようだ。 もしかすると、その字余りと「で」の響きに、 鈍器によるゆっくりとした殴打の音を、聴き取ったのかもしれない。# by nazohiko | 2006-12-10 00:36
by nazohiko
| 2006-12-10 00:36
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