by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


けふは閏7月19日なり(3)

東アジアの各地では、今でも占い用の暦として「旧暦」が健在だ。

日本では、江戸幕府が制定した「天保暦」を、近代以降に若干改訂したものが、「旧暦」の名で使われている。天保暦は京都の時刻を基準にしていたが、これを日本標準時(東経135度の時刻)にずらしたのであり、また暦の算出に用いられる様々な数値が、天文力学の発展に伴って補正されている。

日本以外では、中国清朝が制定した「時憲暦」が、そのまま踏襲されているらしい。清朝の領土だったことのある台湾や、長らく中国に服属してきた朝鮮でも、この時憲暦が使われ続けているわけである。かつて、他国の暦法を導入することは、その国の支配下に入ることを象徴していた。

天保暦にせよ時憲暦にせよ、それぞれ日本と中国で最後に作られた太陰太陽暦であるだけに、かなりの精度を誇るものとなったのだが、その一方で、新たな面倒を暦法に持ち込むことにもなってしまった。

前回の日記「けふは閏7月19日なり(2)」の中で、「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」は「月(moon)が満ち欠けするサイクル」より若干長いと書いたが、実は歴代の太陰太陽暦の中で、天保暦と時憲暦については、その限りではない。この2つの暦では、「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」の意味が、従来型の「1年の約1/12の日数」から「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」に改められたからである。

地球の公転軌道は円形ではなく、楕円形をしているので、ケプラーの第2法則によって、軌道が太陽に近づくにつれて公転速度が上がり、太陽から遠ざかるにつれて公転速度が下がる。故に、「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」は、地球が楕円軌道の何処にあるかによって、伸縮することになる。そして、楕円軌道が最も太陽に近づく時季(公転速度が最も速くなる)には、「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」が「月が満ち欠けするサイクル」を僅かに下回るのである。

言い替えれば、太陰太陽暦の「1ヶ月」の中に、季節のターニング・ポイントとしての「中気」が、2つも含まれてしまう場合が、稀にだけれども出てくるのだ。「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」というのが、つまり中気の日と中気の日の間隔なのだから。中気の日を1つだけ含む月(month)を、通常の月(month)として扱うことや、中気の日を1つも含まない月を、閏月としてカウントすることは、既に触れた通りである。ならば、中気の日を2つ含んでしまう月があったら、どのように処理すればよいのか。従来型の太陰太陽暦には、決して発生することのない問題であった。

江戸幕府や中国清朝の天文学者たちが、「どうせ当面は起こり得ないこと」と決め込んで、解決法を定めておかなかったこの問題が、今から27年後に浮上してくることが知られている。「西暦2033年問題」と呼ばれるものだが、この年には、「小雪」と「冬至」の両方を含む月(month)が現れてしまうのである。おそらくは、閏月を1つ挿入するという操作とは逆に、月(month)を1つ欠番にするという処置が、誰かの権威によって取られることになるのだろう。# by nazohiko | 2006-09-11 19:44
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by nazohiko | 2006-09-11 19:44 | ☆旧ブログより歳時の話題
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