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ハイドンの交響曲第60番ハ長調"Il Distratto"(3) 兼 ハンス・ロットの交響曲ホ長調(3)

 ハイドンの交響曲は往々にして、その構成や表現に「ロマン派もびっくりの」等といった評言が与えられる。しかし、それでは話が逆様というものだ。

 交響曲が「歌劇の序曲」というオリジンから、まだ完全に離れていなかったハイドンの頃には、一口に交響曲と言っても、そこには作曲家のスタンスや作品の姿において、草創期ならではの伸びやかな自由選択があり得た。やがて管絃楽の演奏会が「音楽会」の本流を奪い、交響曲がそのメイン・プログラムたる地位を確立したが、そうした動きと並行して、交響曲は良くも悪くも、音楽的な「骨格」と精神的な「品格」を固めてしまったと言える。そして、「ロマン派の交響曲」という本質的に不自由なる枠組に、生まれながらに慣れ親しんでいる我々の耳には、いにしえのハイドンが、却って前衛的に聞こえる場合がある……というのが真実であろう。

 私がハンス・ロットの交響曲につまらなさを、もっと言えば可笑しさを覚える理由を大掴みに述べるならば、それは彼が「交響曲らしさ」を、とりわけ「後期ロマン派の交響曲らしさ」を必死に追いかけようとしている、その哀しい意気込みが、時として稚拙さを露呈する構成や旋律やオーケストレイションを通じて、手に取るように伝わってくるからである……それも、後期ロマン派の交響曲なるものが、爛熟の果てに、そろそろ過去の物となろうとしていた時期だというのに。

 この曲の楽譜を見せられたブラームスは、ロット本人に「美しい部分は君の作曲ではあるまい」と言い放ったとも伝えられ、またマーラーの第1交響曲は、世に出なかったこの曲を秘かに研究し、様々な要素を「利用」することで出来上がったと評されることもある。だが、私は敢えて彼らの弁護を試みよう。

 ブラームスは「君の作曲」のスタンスが、後期ロマン派の交響曲という古びた木型に自らを押し込もうとするものであることを看破し、むしろそうした型に収まりきらない「美しい部分」を伸ばしてゆくべきだと、若き作曲家に謎をかけたのかもしれない。それから、仮にマーラーの第1交響曲の少なからぬ「部材」が、本当にロットの交響曲に由来するものであったとしても、マーラーがそれらの「部材」を駆使して作り上げたのは、決して「ロットよりも御上手に『後期ロマン派風』を吹かせてみせた交響曲」ではなかった。次の時代に向かって風穴を開けたマーラーの第1交響曲を差し置いて、ロットの若書きが歴史に残ることなど、あり得べくもなかったのである……もしそれが一個の後期ロマン派の交響曲として、もっと「大人」のレヴェルに達していたならばともかくも。
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by nazohiko | 2013-02-28 20:46 | ◆音楽を聴く

ハンス・ロットの交響曲ホ長調(2)

 早世した作曲家が、たった1つこの世に遺していった交響曲……。当時の大物であるブラームスに、完膚無きまでに酷評された一方、学友であったマーラーは、その原稿を秘かに「利用」して、自らの第1交響曲を作り上げた……。

 こうした「物語」に彩られた作品であるせいか、インターネットを検索してみた限り、この曲に言及する文章は、絶賛口調のものが多くを占めるようだが、私は敢えて少数派に属したい。この長大な交響曲の中には、好感を覚えさせられる箇所もさすがに少なくないのだが、しかし総体として、私の聴後感は不満の側に大きく傾く。その理由を、現段階ではうまく言葉に纏め切れないけれども、局所的な好悪に話を戻すならば、金管楽器の強奏が続く場面に、トライアングルのトレモロが延々と重ねられる終曲の幾分間等は、お世辞にもセンスが良いと言えぬ筆致である。
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by nazohiko | 2013-02-27 00:30 | ◆音楽を聴く

令外の「菅」

 征夷大将軍が「令外の官」だったのは日本史のイロハだが、菅原道真などが任ぜられた文章博士も、同じように「令外の官」であったことを、数分前まで知らなかった……そもそも文章博士という官職(学位ではない)が、どのような法規によって設置されたものであるか、考えたこともなかったのだが。

 中国唐朝の「令」に倣った日本古代の「令」は、儒学を教授する者として「大学博士(明経博士)」を置くことだけが定められていた。しかし日本では、儒学よりも「漢文による文学」や「漢文による史学」の方が持て囃されたため、それらを担当する文章博士が別に設置されたという訳であるらしい。ナルホド。
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by nazohiko | 2013-02-23 23:40 | ◇見聞を誌す

ハンス・ロットの交響曲ホ長調(1)

ハンス・ロット(Hans Rott, 1858-1884)、オーストリアの作曲家、25歳で逝去。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%88

交響曲ホ長調は1880年に完成。長くウィーン国立図書館に眠っていたものを、1989年に初演。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA_(%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%88)

ご存知でない方は、まずこちらでお聴きになってみて下さい。レイフ・セーゲルスタム指揮、ノールショピング交響楽団による演奏です。
http://www.youtube.com/watch?v=WNep21n90yk
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by nazohiko | 2013-02-22 01:56 | ◆音楽を聴く

けふはコペルニクスの誕生日なり

 今日は、地動説の提唱で知られる天文学者「ニコラウス・コペルニクス」ことミコワイ・コペルニク(1473-1543)の誕生日であり、それに因んでGoogleのロゴが、英国海軍本部の収蔵する(The Admiralty Collection)、コペルニクスの説による天文図を意識したものとなっている。

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 私が留学(英国に行ったのではないが)を始めた頃、自分用と客人用に、それぞれコペルニクスとティコ・ブラーエ(1546-1601)に基づく天文図をプリントしたカップを、現地のデパートで買い求めた。どちらも英国海軍本部収蔵の絵図を用いた、スタッフォードシャー製のボーン・チャイナであり、帰国の後も今に至るまで愛用している。

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 左側のカップに描かれているのが、ブラーエの説による天文図である。ブラーエは、太陽の周りを惑星たちが回ることを認めつつも、その太陽が地球の周りを回るという、天動説と地動説を折衷したような考えに落ち着いた。それを図示すると、中心の異なる複数の円軌道が描かれることになる。コペルニクスの純粋な地動説に基づく、すっきりとした同心円の連なりと比較してみてほしい。

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by nazohiko | 2013-02-19 01:02 | ◇見聞を誌す

ハイドンの交響曲第60番ハ長調"Il Distratto"(2)

 岩城宏之氏の随筆に、氏が随時に暗譜で指揮できるといふ曲と、少しだけ予習の時間をもらへるなら、すぐに暗譜で指揮できるといふ曲が挙げられてゐたのを憶えてゐるが、それよりも強く記憶に残つてゐるのが、引き続いて氏が暗譜の自信を持てないといふ曲が列挙される中に、ハイドンの交響曲が並んでゐたことである。管絃楽の編成も演奏時間も、ベートーヴェン以後に比べれば小規模な交響曲であるのに……と意外に思つたが、岩城氏によれば、1小節先がどうなるか、おいそれと予測できないやうな作りになつてゐるのだといふ。

 ハイドンの交響曲は、聴き手を「驚愕」させるやうな大仕掛けが、曲中に幾つか用意されてゐるだけでなく、もつと深いレヴェルで演奏者をドキッとさせるやうな要素が、その随所に散りばめられてゐる……といふことなのだらう。さういふ部分まで耳に届くやうな、ハイドンの聴き方を身に付けられたら、さぞかし面白からう。
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by nazohiko | 2013-02-15 23:07 | ◆音楽を聴く

ハイドンの交響曲第60番ハ長調"Il Distratto"

イタリア語の曲題は、「うかつ者」や「愚か者」と訳されることが多いようだ。
まあ、何もおっしゃらずに聴いてごらんなさい。

http://www.youtube.com/watch?v=zbWi5HCNo8M
(ロジャー・ノリントン指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団)

お聴きになった後で、宜しければこちらの紹介文を読んでごらんなさい。

http://zauberfloete.at.webry.info/201203/article_8.html

管見の限り、どなたもお書きになっていない事なのだが、
フィナーレの初めに、最後にして最大の悪戯を仕掛けた後、
余りにもサラッと全曲を締め括ってしまう所に、
私は、ハイドンの音楽ならではの極上のセンスを感じさせられる。
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by nazohiko | 2013-02-12 01:13 | ◆音楽を聴く

けふは1月1日なり

 今日2月10日が、旧暦の元日に当たる。新年の御慶を申し上げる代わりに、引き続き『新古今和歌集』から正月関連の歌を幾つか挙げてみようと思ったのだが……あいにく春の部にも賀の部にも、私の気に入るものが見当たらない。相済まぬ。
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by nazohiko | 2013-02-10 01:32 | ◆詩歌を読む

再び「けふは大晦日なり」

691 西行法師
  歳暮に、人につかはしける
おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる

692 上西門院兵衛
  歳の暮れによみ侍りける
かへりては身にそふ物と知りながら暮れゆく年を何慕ふらむ

693 皇太后宮大夫俊成女
隔てゆく世々の面影かきくらし雪とふりぬる年の暮れかな

694 大納言隆季
新しき年やわが身をとめ来らむ隙ゆく駒に道をまかせて

695 俊恵法師
  俊成卿家十首歌よみ侍りけるに、歳の暮れの心を
歎きつつ今年も暮れぬ露の命生けるばかりを思ひ出にして

696 小侍従
  百首歌たてまつりし時
思ひやれ八十の年の暮れなればいかばかりかはものはかなしき

697 西行法師
  題しらず
昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮れかな

698 摂政太政大臣
石上布留野の小笹霜を経てひとよばかりに残る年かな

699 前大僧正慈円
年の明けて憂き世の夢の覚むべくは暮るともけふは厭はざらまし

700 権律師隆聖
朝ごとの閼伽井の水に年暮れてわが世のほどの汲まれぬるかな

701 入道左大臣
  百首歌たてまつりし時
急がれぬ年の暮れこそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは

702 和泉式部
  年の暮れに身の老いぬることを歎きてよみ侍りける
数ふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかりかなしきはなし

703 後徳大寺左大臣
  入道前関白百首歌よませ侍りける時、歳の暮れの心をよみてつかはしける
石走る初瀬の川の波枕はやくも年の暮れにけるかな

704 有家朝臣
  土御門内大臣家にて、海辺歳暮といへる心をよめる
ゆく年を雄島の海人の濡れ衣重ねて袖に波やかくらむ

705 寂蓮法師
老いの波越えける身こそあはれなれ今年も今は末の松山

706 皇太后宮大夫俊成
  千五百番歌合に
けふごとにけふやかぎりと惜しめどもまたも今年に逢ひにけるかな

 『新古今和歌集』冬部の末尾に、歳末を詠んだ歌が16首並んでいる。行き行きて帰らぬ時をしみじみと嘆くものが多い中に、人を思いやる西行の歌、陽性の機知を前面に押し出した藤原良経(摂政太政大臣)の歌【注1】、そして長寿者(千五百番歌合の頃は90歳に近い!)の「徳」のようなものが滲み出る藤原俊成(皇太后宮大夫俊成)の歌【注2】が、それぞれ独特の存在感を放つ。特に俊成の歌は、歳末歌群のラストコールとして、なおかつ四季の部(春上下・夏・秋上下・冬)の締め括りとして絶妙の選択だと言えよう。

 今晩は、旧暦の除夜に当たる。

【注1】
「霜を経て」は「星霜を経て=長い時間を経て」の意味をも暗示するか(久保田淳氏の解)。「ひとよ」は「一節」と「一夜」の掛詞となっている。

【注2】
先の「けふ」は広く「毎年の大晦日」を指し、後の「けふ」は狭く「この年の大晦日」を指す。

(関連記事:http://japondama.exblog.jp/19123207/
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by nazohiko | 2013-02-09 21:45 | ◆詩歌を読む

会いたかった~!(10)

 宮内卿の歌について何かが語られる時、その筆先は動(やや)もすれば「『新古今和歌集』が作り出した宮内卿像」に絡め取られてしまう。或いは、そもそも『新古今和歌集』を飾った15首に触れるばかりで満足し、それだけで宮内卿という全体像を会得できるかのように勘違いする者も多いようである。

 かくいう私自身も、他人の事をとやかく言えない状態が長く続いていたのだが、そうした「初歩的な宮内卿ファン」の停滞から一歩を踏み出すきっかけを与えてくれたのが、近藤香氏の『俊成卿女・宮内卿』(笠間書院「コレクション日本歌人選」、2012)だ。同書の前半部分では俊成卿女の歌26首が、後半部分では宮内卿の歌24首が、1首につき見開き2頁ずつを費やして評釈される。宮内卿の歌については、『新古今和歌集』入集作の全て(15首)が主要な評釈対象とされつつも、更に『新勅撰和歌集』入集作の全て(2首)、『玉葉和歌集』入集作の半数弱(9首中の4首)、『新続古今和歌集』入集作の一部(3首中の1首)、及び勅撰和歌集に採られなかった「水無瀬殿恋十五首歌合」出品作の一部(2首)にもライトが当てられている。

 『新古今和歌集』が省みなかった9首のうち、大半は私がそれまで知らなかった作品であり、なおかつ近藤氏が『玉葉和歌集』入集作の評釈に当たって、「『玉葉和歌集』を編纂した京極派の好みに合う歌」「『新古今和歌集』には忌避される類の歌」という指標を導入していたのが、いたく私の興味を惹いた。「宮内卿の歌を、もっともっと読み漁りたい」と思った。また、「後世の歌集が宮内卿作品にどのような価値を見出して、それらを採録したのか」を、自分でも考えてみたくなった次第である。(同書を閉じる前に、自力で気付いた事実を1つ挙げておくなら……『新古今和歌集』は宮内卿の恋歌にほとんど興味を示さず、入集15首中に恋歌は僅か1首であるのに対し、『新勅撰和歌集』に入集した宮内卿作品は、2首共に恋歌となっている。)
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by nazohiko | 2013-02-08 00:31 | ◆詩歌を読む