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次の検索結果を表示しています: シャボン玉

 2007年の初夏まで、このブログ「ン玉」を営んでいた時には、Googleに「ン玉」と打ち込んで検索すると、多くの場合は検索結果の筆頭に、このブログが出てきたものだ。

 「次の検索結果を表示しています: ◆◆」や「もしかして: ◆◆」というサーヴィスが充実した、今のGoogleでは、造語である「ン玉」は相性が良くないようで、「次の検索結果を表示しています: ン玉」と表示された上で、「ン玉」を含むウェブコンテンツが列挙される。「ン玉」ではなく「ン玉」をキーワードとして検索するよう、手動でGoogleに指示を出し直さない限り、このブログが引っかかってくることはない。このブログに再び記事が増えてゆけば、Googleの検索エンジンが、「ン玉」という語を検索語として認めてくれる日が来るのかもしれないが……。

 ところで「ン玉」という言葉の意味は、如何様に解釈して下さっても構わない。
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by nazohiko | 2012-08-20 16:23 | ◇意見を書く

人型可動日系国家

……の1つであると自認している。

「日本人の国」が、複数存在することを禁じられる筋合はないし、
「1つの民族が、1つの国家に集住する」という状態が、
その民族の存続や繁栄のために、最善であるとは限らない。

フェニキア人やギリシア人や中国人(いずれも歴史的な名称としての)の例に学び、
更に若干の飛躍を加えて、このような考え方に至った。
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by nazohiko | 2012-08-17 00:51 | ◇意見を書く

ゲルマン人とオデュッセウス

 タキトゥスの『ゲルマーニア』によれば、ローマ帝国に服さないゲルマン人の居住地域に、流浪中のオデュッセウスが立ち寄ったという伝説が見られたという。もしこれが、(現地を旅したギリシア人やローマ人ではなく)ゲルマン人自身によって唱えられた伝説であるならば、なかなか面白い現象である。

 ギリシア・ローマ文学の主人公を、ゲルマン人の伝説に登場させたという点は、彼らが「軍事的・文明的に優位なローマ人の周縁で生きる我々」という世界認識を、冷静に受け入れたことを意味する。しかし、「(広い意味での)ローマ人の領分」から来訪した英雄として、敢えてオデュッセウスという人物を選んだ点に、彼らのしたたかさが現れているのだ。オデュッセウスは、ローマ人にとって文明面で兄貴分に当たるギリシア人である。また、ローマ人が始祖と仰ぐアエネアスは、トロイアの王家に連なる武将であり、即ちトロイア戦争でオデュッセウスに敵対した人物なのである。そう易々とはローマ人の風下に立たない、ゲルマン人の底意地。

 タキトゥスの筆に拠る限り、この伝説において、オデュッセウスが「ゲルマン人の始祖」や「ゲルマン人に文明を教えた英雄」であるとまでは語られなかったようだが、こうしたタイプの人物を始祖として位置づける言説は、必ずしも珍しくないのではないか。琉球王国の正史『中山世鑑』(1655)は、12世紀後半~13世紀前半に君臨したとされる舜天を、流刑に向かう途中で難船し、沖縄に漂着した源為朝の子であると記す。また近年では、ミャオ族(モン族)の内でも中国領に住むグループの間で、「中華民族」の始祖とされる黄帝に叛逆した蚩尤(しゆう)を、戦略的に「中華」の神話から取り入れ、自らの始祖として祭り上げる動きが見られるという。度重なるミャオ族(モン族)の激しい「叛乱」に、歴代の「中華」政権はずいぶん振り回されたもので、彼らの動向には、平時でも常に神経を尖らせてきたが、蚩尤を始祖として崇めるという消極的抵抗のパフォーマンスには、さすがに口の出しようがないだろう。
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by nazohiko | 2012-08-16 22:15 | ◆論考を読む

みうらじゅん・ニーチェ・儒教

  質問20 「みうらじゅん」を目指す若者に一言。

  みうら
   そんな人がいるのかどうかわからないですが、いたとしたら
   ボクには負けてしまうと思います。ボクも自分になることに
   精一杯です。

 『みうらじゅん大図鑑』(宣伝会議、2003)に収められた「みうらじゅんにきく50の質問」より。「自分になることに精一杯」だと述べるみうらじゅん氏は、「いかにして人は、そのあるところのものになるか」を問い、「お前があるところのものに、なれ」と呼びかけたニーチェに通じる点がある(出典はそれぞれ『この人を見よ』と『ツァラトゥストラはこう語った』であり、渡邊二郎編『ニーチェ・セレクション』〈平凡社ライブラリー、2005〉の訳文による)。昨今における「自分探しの旅」の流行と、方向性が真逆であることは断るまでもないだろう。

  質問10 友情って何よ? 俺、わかんないから教えてください。

  みうら
   「俺とお前って友情だよな!」って一生懸命言い合うことじゃ
   ないかなー、たぶん。

 みうら氏は『親孝行プレイ』(角川文庫、2007)の中で、親孝行を「プレイ」と心得れば、楽しく、照れずに行えることを説く。仮に偽善から始まっても構わない。心は後から付いてくるから……。このような捉え方は、「友情」に関するこの問答ともども、儒教思想が人間関係に要求する「礼」というものの在り方に、期せずして通じている。「行動に出さなければ相手に伝わらない(というお約束になっているところの)私のココロ」と「溢れるばかりのココロを伝える(というお約束になっているところの)定型化された幾つかの行動」の間に、切なくも冷徹に設定された「即かず離れず」の関係。逆に言えば、「礼」という言葉を「プレイ」に置き換えてみた時に、儒教という古代の智恵の一端が、ぐんと分かりやすくなるのだ。
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by nazohiko | 2012-08-16 00:24 | ◆論考を読む

夏休みのショーペンハウアーとニーチェ

 昨年の夏休みには、それまで敬して遠ざけていたショーペンハウアーの著作を集中的に読んだ。今年の夏休みには、中島裕介さん『もしニーチェが短歌を詠んだら』(角川学芸出版、2012年7月)がきっかけとなって、ニーチェの著作で今まで読まずにいたものに、次々と目を通している。

 ショーペンハウアーの思想に対しても、ニーチェの思想に対しても、私の賛同できる部分はそれぞれ少なくなく、なおかつ彼らの文体は、それぞれの意味で私にとって「口当たり」が良い。しかし、正にそうであるが故に、彼らの言葉は余りにスルスルと(例えば難解感も、違和感も、距離感も覚える暇がないまま)網膜に吸い込まれてゆき、ほとんど脊髄反射的というべき素早さで、我が身に共鳴の歓呼を挙げさせてしまうのだ。そこに、昨年も今年も危うさを感じて仕方がない。特に、彼らが「思索するということ」や「思索する人として、他者たちの中で生きるということ」について述べた言葉に目を通す時に、こうした傾向が強いようだ。正確に言えば、高校の頃に氷上英廣訳の『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫、1967)を一息に読んだ、ニーチェとのファースト・コンタクトの時点から、既にそのような感覚は芽生えていた。

 私のような者が一読しただけで中身を汲み尽くしてしまえるほど、そして無邪気に快哉を叫んでしまえるほど、彼らのメッセージが「豊かさ」と「歯応え」に欠けたものであるとは想像できない。今の私が、彼らの著作と「きちんと対話できる」だけの冷静さを備えているという自信はない一方で、私の裡に燃えさかるニーチェ像やショーペンハウアー像は、本人が見たら呆れるに違いないほど浅薄で一知半解なものであろう(我田引水というレヴェルにすら達しない)という、変な自信にならば事欠かない次第だが、はてさて、これからどうしたものやら???
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by nazohiko | 2012-08-15 01:17 | ◆論考を読む

『古典文学レトリック事典』

 『國文學―解釈と教材の研究』(學燈社)が、2009年で休刊となっていたことを知った。私は、定期刊行物としての『國文學』とは縁が薄かったけれども、「臨時増刊」と題してしばしば刊行された、所謂「読む事典」形式の企画物を好んで手に取ってきた。広い意味での『國文學』愛読者でありながら、『國文學』本体の休刊に気付かなかったのは、そうした理由に因る。

 我が最愛の1冊『古典文学レトリック事典』(國文學編集部編、1992)を入手してから、ちょうど20年を経たことになる。佐藤信夫氏の『レトリック感覚』『レトリック認識』(講談社学術文庫版は、どちらも1992年刊)のように、レトリックの1つ1つについて言語学的に分類・解説する本ではなく、日本の古典文学を彩った様々なレトリックを、ジャンルを超えて用いられたもの、詩歌に用いられたもの、物語に用いられたもの、演劇に用いられたものという風に分類した上で、日本古典文学における伝統的なレトリック名称によって、各々の項目を立ててある。民俗学的見地が取り入れられた古橋信孝氏の「序詞」や「枕詞」のように、読み物として手応えのある項目も散りばめられ、また和歌・俳諧や連歌・連句に多用された、先行するテクストとの間に成立するレトリックに関する、一連の項目も重要である。各項目に挙げられた用例が、項目の筆者たちの個性や好みをくっきりと反映しつつ、総体として一癖も二癖もある「古典文学のハイライト集」の姿を呈していることも、この本の魅力の1つだ。

 インターネットで検索してみたところ、現在この本は入手困難であるらしい。20年前の出版なのだから、『國文學』本体の休刊とは関係なく、疾うに完売してしまったのかもしれないが、残念なことである。
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by nazohiko | 2012-08-14 20:45 | ◆論考を読む

鈴子の恋、そしてミス・ワカナ

 東海テレビ制作(フジテレビ系列で放送)の昼ドラマが好きで、1986年の「愛の嵐」以来こまめに視ている。

 今年の1月から3月まで放送された「鈴子の恋―ミヤコ蝶々女の一代記」は、近年の「昼ドラ」の内でも屈指に値すると思うが、その魅力は何と言っても、ミヤコ蝶々の最初の夫となった三遊亭柳枝(ヤナさん)を怪演した神保悟志と、天才肌の漫才師ミス・ワカナを力演した三倉佳奈に、多くを負っている。

 ドラマの中では幾度か、ミス・ワカナと玉松一郎の夫婦漫才が再現され、私はこれによってミス・ワカナという往年の芸人に関心を持つようになった。

 彼女のトレードマークのように、繰り返しドラマに用いられた『金色夜叉』のパロディは、1938年(昭和13年)の録音が残る漫才「ワカナの支那土産」の一節である。彼女はこの年の初め、吉本興業と朝日新聞社が派遣した演芸慰問団「わらわし隊」の一員として、日中戦争下の中国を巡業した経験を持つが、現地で耳にした中国語の響きを、当時人口に膾炙していた「熱海の海岸散歩する、貫一お宮の二人連れ」の歌に混ぜ込み、「東洋平和のため」の「日支親善の歌」として披露したのだった。

  http://www.youtube.com/watch?v=s4QklWbtrPQ
  (この録音では、0:25から。)

 日本語と「中国語風の響き」が混ざり合ったような、歌詞や台詞になっているようだが、実のところは、本来の歌詞や台詞の一部を、相当正確に中国語の単語に置き換えたものになっている。

  熱海の海岸 散歩する > 溜達溜達(liuda liuda)
  貫一お宮の 二人連れ > 両個人(liang ge ren)
  共に 歩むも > 溜達溜達(liuda liuda) 今日 > 今天(jintian)限り
  共に 語る > 説話(shuo hua)今日 > 今天(jintian)限り

 ミス・ワカナ……もっと鮮明な録音や、映像による舞台の記録は残っていないのだろうか?
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by nazohiko | 2012-08-13 23:10 | ◆動画を視る

再び「オルガン付き」交響曲のこと

 「オルガン付き」交響曲は2つの楽章から成るが、それぞれの楽章が2つの部分に分かれており、結果として、従来型の4楽章交響曲(快速、緩徐、スケルツォ、快速)に近い構成を取る。オルガンは、第1楽章の後半(緩徐楽章に相当する)と、第2楽章の後半(概して、快速楽章に相当する)に登場するのだが、私はかねがね、オルガン声部の存在に対して、「取って付けたような感じ」を感じずにいられなかった。管弦楽とオルガンが十分に融和するのではなく、文字通りオルガン「付き」でしかない交響曲……。

 第1楽章の後半では、管弦楽の緩徐な流れに、低音を主体にしたオルガンの響きが添う。オルガンは管弦楽に、なるべく優しげに寄り添おうとするのだが、その超越者然とした、幾分デジタルな音響が、内省的な、なおかつアナログを意識させる音響と、まるで融け合わない。第2楽章の後半は、管弦楽の威勢良い全奏に、オルガンの豪壮な和音が加わる箇所では、さすがに両者が良い相性を示すけれども、音楽の流れが速い箇所では、やはりデジタルの急流とアナログの急流が、質的な差を、あからさまに露呈するような気がするのだ。

 この交響曲を録音する際には、管弦楽とオルガンを別々に録って、最後に合成するという方法を用いることが、珍しくないと聞いているが、そんな録音手法が可能だということに象徴される如く、「オルガン付き」ならぬ「オルガン抜き」の状態で演奏しても、この曲は、旋律の流れや和声の構造が、致命的に途切れてしまう心配がなさそうである。つまり、管弦楽の声部だけで、一応の完結を得ているのであって、そのことも、オルガン声部が「取って付けたような感じ」を帯びる理由ではないか。

 オルガンと管弦楽の関係を、「唯一神と人間たち」に擬えてもよいかもしれないし、或いは「芸術家と大衆」に喩えてもよいかもしれないが、いずれにせよ、管弦楽の「交響」に融け込めないまま、巨体を振るわせながら、「取って付けたような」声部ばかりを担当するオルガンの、哀しげな滑稽ぶりをこそ、むしろサン=サーンスは狙っていたのではないかとさえ、私は思うのだが……管弦楽とオルガンが、独自の動きを見せながら、それでいて十分に「交響」する瞬間が、実は、半時間を超える交響曲の最後の最後に訪れる。素早い上行音階を繰り返して、はしゃぎ立つ管弦楽を、オルガンの悠然とした下行音階が、がっちりと支える所だ。

  http://www.youtube.com/watch?v=V_2FKcorqqE
  (この演奏では、7:30以後。)

 この曲を聴いて、本当に感動するべき部分は、第1楽章の後半で、オルガンが初登場する箇所でもなく、オルガンの和音強奏によって、第2楽章が後半に突入する箇所でもなく、全曲がいよいよ終結しようとする、その僅かな時間なのではあるまいか。
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by nazohiko | 2012-08-13 02:39 | ◆音楽を聴く

一声千両の4手ピアノ

 サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」には、読んで字の如く、パイプオルガンが登場するのだけれど、1台のピアノを2人で弾く、所謂「4手ピアノ」も用いられる。これも、交響曲の演奏には通常参加しない楽器だ。

 この交響曲の中で、私が最も好きなのは、第2楽章後半(概して、快速楽章に相当する)の冒頭で、4手ピアノ(1台のピアノを2人で弾く)と弦楽器が合奏する、奇跡のような8小節である。

  http://www.youtube.com/watch?v=V_2FKcorqqE
  (この演奏では、0:33から1:13まで。)

 電子楽器風だとか、SF的だとか、評されることが多い箇所だが、言い得て妙な表現だと思う。オルガンという、比較的メカニカルに響く楽器が、豪壮に和音を鳴らした直後に、この8小節がやってくるせいもあって、巨大な宇宙船が飛び去った後に、光彩を帯びたガスがたゆたっているような情景を、思い描かずにいられない。

 4手ピアノの出てくる箇所は、全曲を通じて数えるほどしかない。しかし、この8小節におけるピアノの存在感は、正に「一声千両」なのだ。
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by nazohiko | 2012-08-13 02:33 | ◆音楽を聴く

なんでイスタンブール?

  「飛んでイスタンブール」
                   作詞:ちあき哲也
                   作曲:筒美京平

  いつか忘れていった こんなジタンの空箱
  ひねり捨てるだけで あきらめきれる人
  そうよ みんなと同じ ただのものめずらしさで
  あの日 しゃれたグラス
  目の前に すべらせて くれただけ・・・

  おいでイスタンブール うらまないのがルール
  だから愛したことも ひと踊り 風の藻屑
  飛んでイスタンブール 光の砂漠でロール
  夜だけの パラダイス   

  胸にかすかにしみた 低い電話のさよなら
  かすり傷の一つ 残せもしない人
  そして性懲りもなく すぐに痛みもぼやけて
  今日は今日の顔で
  描きあきためぐり逢い 描いてる・・・

  おいでイスタンブール 人の気持ちはシュール
  だから出合ったことも 蜃気楼 真昼の夢
  好きよイスタンブール どうせフェアリーテール
  夜だけの パラダイス

  飛んでイスタンブール 光る砂漠でロール
  夜だけの パラダイス

  http://www.youtube.com/watch?v=Ps6becb2jns

 皆が「物珍しさ」を覚えるのだという、この女は、一体どんな「物珍しさ」を放射しているのだろうと、想像を巡らせたことがある。具体的な手掛かりを、歌詞の中に発見できないまま、30歳ちょっとの日本女性が、アラビアン・ナイトのお姫様のような恰好で、アフター5の銀座を遊び回るという、むちゃくちゃな場面を思い浮かべた。

 ふと気が付いたのは、記録によると2007年の秋なのだが、これは「日本での失恋を忘れるために、イスタンブールに飛び立つ女」の歌ではないのだ。イスタンブールに長期滞在している女が、現地での近況を語りかける歌なのである。つまり、彼女の「物珍しさ」の所以は、イスタンブールの住人たちにとって、日本人の姿が珍しいということなのだ。

 そんな彼女に近づいてきた男が、煙草「ジタン」を手にしていたという設定が、「文明の十字路」や「アジアとヨーロッパの架橋」と呼ばれてきたイスタンブールに、如何にも相応しくて、趣が深いではないか。「ジタン」(Gitane)は、トルコではなくフランスの銘柄であり、その名前は、フランス語で「流浪の民」を意味するらしい。近づいてきた男は、フランス人だったかもしれないし、輸入煙草を好むトルコ人だったかもしれないしが、いずれにせよ、イスタンブールを行き交う者たちは、人間も品物も、全て「流浪」の途上にあるのだ……という含蓄を感じさせる。そして、そんなイスタンブールで「めぐりあい」を繰り返す日本の女も、やはり、果てしない「流浪」の只中にあるというわけだ。

 ちなみに、日本の歌謡曲としては「物珍しい」ことに、「イスタンブール」と「ルール」「ロール」「シュール」「フェアリーテール」が、韻を踏む。
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by nazohiko | 2012-08-13 02:17 | ◆音楽を聴く