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天書(A Book from the Sky)

徐冰(Xu Bing、シュー・ビン)は、
1955年に中国の重慶で生まれた美術家である。
現在はニューヨークで活動している。

彼の代表作の一つと言えるのが、
1988年に発表が開始された「天書」シリーズだ。
ここに写真を掲げたのは、1989年の作品で、
「析世鑑世紀末巻:天書」と題されている。
最後の写真は、印刷に用いられた版木である。


【旧ブログには画像あり】


伝統的な漢籍が、丁寧に模造されているようでいて、
明朝体で木版印刷された、如何にも漢字に見える図形は、
どれ一つとして辞書に載っていない。
つまり、それらに「文字」としての機能を期待するならば、
意味も発音も持たない、無機能な「文字」たちなのだ。
徐冰は、そうした「文字」を4000あまり創案して、
適度に反復使用しながら、印面を埋めていった。

【旧ブログには画像あり】

これら「天書(天から来た文字、という意味でもある)」を、
私たちが「漢字に見えるもの」として認識してしまう理由は、
言うまでもなく、
漢字に使われる種々のパーツを、
ヘン・ツクリ・カンムリ等、
漢字の空間構成法に則って配列することを、
構図の基本としているからである。

既存の漢字から、パーツを借用して作られた図形であるから、
字義や発音を、力ずくで読み出してしまうことも不可能ではないが、
そこまで粘着的な鑑賞法を、作者が期待していたのかどうか、
私の知るところではない。
但し、扉に大きく刷られた3つの「文字」が、
「析世鑑」という書名を表すらしいことに限っては、
神秘のヴェールがめくれ上がってしまうのを、
作者は、さすがに禁じ得なかったようだ。

【旧ブログには画像あり】

漢字のように見えながら、漢字辞典に載っていない図形を、
4000あまりにわたって設計するという作業は、
「新しい漢字を作り出すこと」よりも、
「文字に見えない図形を描くこと」よりも、
遥かに難しい営為であるに違いない。

描かれた図形が、
「漢字に見えるもの」として認知されるために、
作者の技量は、積極的な条件と消極的な条件を、
共に満たさなくてはならない。

積極的な条件というのは、
漢字の造形に用いられてきた筆法や空間構成法を、
作者が、完璧にマスターする必要があることである。
消極的な条件というのは、
いわば「漢字の偽作者」を務めるのだから、
徐冰という美術家の個性が、
その図形から、むんむんと発露してしまうようでは、
失敗となってしまうことである。

そして、更に厄介なことに、
人類がこれまでに産み出した漢字の総数は、
中国で作られたものだけに限っても、40000を超えるのだ。
図書館に並んでいる『大漢和辞典』を、
どの巻でもよいから手に取って、頁を繰ってみてほしい。
「こんなにも奇妙なヴィジュアルの漢字が存在したのか!」
「このパーツとあのパーツに、こんな組み合わせ方があったのか!」
等と驚きながら、あなたは半時間くらい過ごしてしまうだろう。

如何にも漢字らしく見えながら、
なおかつ、漢字辞典に載らない図形を発明したつもりでも、
その大抵は、とっくの昔に「漢字」として登録されているのである。
釈迦如来の掌の上をさまよう孫悟空のように、
徐冰は、数え切れないほどの得意と失意を繰り返しながら、
やっとのことで、4000あまりの図形を確保したのだろうと推察される。
ヴァラエティに富む発想力と、
個性の消去を両立させなくてはならないから、いよいよ骨折りなのだ。

どうかゆっくりと鑑賞していただきたい。

※徐冰オフィシャルサイト http://www.xubing.com/

# by nazohiko | 2007-01-16 00:45
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by nazohiko | 2007-01-16 00:45 | ☆旧ブログより論考・批評等

耕野裕子『CLEAR』の復刊

1980年代の終わりから、90年代の初めにかけて、集英社の「ぶ~け」という漫画雑誌を、骨までしゃぶるように愛読していた。

ちょっと目を離している隙に、ドロンと消えてしまった月刊雑誌なのだが、あの頃の「ぶ~け」は、黄金時代という言葉が本当に似合っていた。吉野朔実、竹坂かほり、清原なつの、松苗あけみ、逢坂みえこ、水樹和佳(現・水樹和佳子)、鈴木志保、桐島いつみ、九月乃梨子、稚野鳥子、原田妙子、水星茗などなど、当時の連載作家を、一人ずつ鮮明に思い出すことができる。

かつて「ぶ~けコミックス」として単行本化された作品が、最近になって、朝日ソノラマ文庫で続々と復刊されるようになった。店頭で見かけるまま、あの頃に買いそびれたものを集めているうち、この年末には、耕野裕子の『CLEAR』と再会することができた。昨年の春には出ていたらしい。

連載が幾らか進んでから、この長篇に関心を持つようになったので、当時は物語の発端を知らなかったし、読まずじまいになってしまった号もあるので、今回の通読によって、発端から結末まで、初めて一本の線で繋がった思いである。主人公たちが高校時代を過ごした「H県」は、広島県がモデルになっているらしいことも、おぼろげに分かった。

主人公の斎藤仙太(高校生→専門学校生→漫画家)を除いて、登場人物たちの性格が、それぞれ一面的だという不満を、連載当時から感じていなくもなかったし、彼らが主人公の回りで、御都合主義的に登場と退場を繰り返すなぁという印象も、当時と変わらない。しかし、それはそれで構わないんじゃないか。今になって思うに、この『CLEAR』と題された作品は、仙太による日々の自問自答を、延々と連ねた巻物なのだ。

独白体ではなく、あくまで物語体で執筆されているけれども、本当の意味での登場人物は、仙太一人なのであって、サイ子も西堂も御所河原も、仙太の目に映る限りの存在として、絵巻の中に場所を得るのである。いや、もっと思い切って言えば、仙太という人格の各部を映し出す鑑(かがみ)として、彼の眼前を去来することが、サイ子たちに与えられた役割であるようにさえ見受けられる。

久しぶりに読み返しても、色褪せることのない一篇であった……というか、初読から15年あまりを経て、ようやくすっきりと腑に落とすことができた次第である。この調子で「ぶ~け」掲載作品の復刊が続くなら、次は九月乃梨子の『点点点』あたりをお願いしたい。竹坂かほりの『空のオルガン』も、初めから通して読みたい長篇だ。# by nazohiko | 2007-01-12 22:13
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by nazohiko | 2007-01-12 22:13 | ☆旧ブログより論考・批評等

「ル」ひとつ分の幸せ

パソコン時代に入る時に、
小さい「ル」の字が淘汰されてしまった。
半角の「ル」ではなくて、
「ァ」や「ぁ」と同じサイズの「ル」である。

美術や音楽に関する本に、
ちょっと昔まで、頻繁に使われていた文字なのだが。
「サンドロ・ボッティチェルリ(Botticelli)」や
「フランコ・コレルリ(Corelli)」といった
「ル」の部分が、小さい字で刷られていた。

「ボッティチェッリ」や「コレッリ」と表記しても、
声に出してみれば、ほぼ同じ音になるわけだけれど、
「ッ」を使うのと、小さい「ル」を使うのとでは、
文字面から浮かび上がる「流体感」が、違うというものだ。

"l"や"r"のような子音を、
言語学では「流音(liquid)」と名付けるそうだが、
まさにその"liquid"な感触を、
小さい「ル」が呼び起こしてくれる。
レギュラーサイズの「ル」を使って、
「ボッティチェルリ」や「コレルリ」と書いたのでは、
流れが詰まってしまう。

パソコン時代に入る時に、
小さい「ル」の字が淘汰されてしまった。
半角の「ル」ではなくて、
「ァ」や「ぁ」と同じサイズの「ル」である。

美術や音楽に関する本に、
ちょっと昔まで、頻繁に使われていた文字なのだが。
「サンドロ・ボッティチェルリ(Botticelli)」や
「フランコ・コレルリ(Corelli)」といった
「ル」の部分が、小さい字で刷られていた。

「ボッティチェッリ」や「コレッリ」と表記しても、
声に出してみれば、ほぼ同じ音になるわけだけれど、
「ッ」を使うのと、小さい「ル」を使うのとでは、
文字面から浮かび上がる「流体感」が、違うというものだ。

"l"や"r"のような子音を、
言語学では「流音(liquid)」と名付けるそうだが、
まさにその"liquid"な感触を、
小さい「ル」が呼び起こしてくれる。
レギュラーサイズの「ル」を使って、
「ボッティチェルリ」や「コレルリ」と書いたのでは、
流れが詰まってしまう。

【旧ブログには画像あり】

写真は、ボッティチェッリ画のアウグスティヌス像より。
美女画ばかりが、ボッティチェッリの得意ではない。# by nazohiko | 2007-01-19 00:58
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by nazohiko | 2007-01-11 22:45 | ☆旧ブログより論考・批評等

「アマデウス」戯曲と映画

映画「アマデウス」の原作となった
同名の戯曲に言及したついでに、
両者の異同について、ちょっとお話ししたい。

戯曲「アマデウス」は、
英国のピーター・シェーファーによって書かれたもので、
1979年にロンドンで初演された後、
ニューヨークでの再演にあたって、改訂版が作られた。
私が知るのは、専ら改訂版の内容である。

宮廷作曲家サリエリの陰謀に翻弄され続け、
心身ともども崩壊寸前となったモーツァルトを、
黒装束に仮面を付けたサリエリ自身が訪れ、
いわば「最後の一撃」として、
レクイエムの作曲を依頼する段階までは、
原作の戯曲と、ミロス・フォアマン監督による映画の間で、
筋書の進行について、目立つほどの違いは存在しない。

はっきりと差が出てくるのは、
大詰めに近い、モーツァルトの命が尽きる場面である。
原作では、サリエリが再度「仮面の男」として訪ねてきて、
レクイエムを早く完成するよう、鞭打つ如く催促する。
するとモーツァルトは、手を伸ばして仮面を剥ぎ取り、
「やはり、あなたでしたね」と、サリエリに語りかけるのだった。

映画の方では、サリエリは素顔のままで、
見舞客を装って、モーツァルトの家に忍び込んでくる。
モーツァルトは、目の前に立っているサリエリが、
自分の命を狙い続けてきた者だとは、ついに気付くことなく、
病み衰えた自分に代わって、譜面を書いてくれるよう、
口述筆記の役を、サリエリに懇願するのである。

こうした異同は、単に筋書を左右するに止まらない。
劇作家シェーファーと、映画監督フォアマンが、
「アマデウス」という物語に、それぞれ如何なる主題を託したか。
その違いが、モーツァルトの最期に立ち会うサリエリの姿を通して、
最も端的に浮かび上がってくるのである。

再び原作に戻ると、
仮面を剥がれたサリエリは、狼狽することもなく、
「死んでくれ、モーツァルト!」と、敵意を露わにするが、
その矛先は、いつのまにかモーツァルトを通り越して、
造物主であるキリスト教の神に向けられてゆく。

「音楽によって神を讃える」という志を、少年時代から持ち続け、
性的な純潔さえ、進んで自らに課してきたサリエリ。
しかし神は、そんなサリエリに微笑まなかったばかりか、
よりによって、あんなに下品で自堕落なモーツァルトに、
輝くばかりの才能を、惜しみなく与えたのだ……!
神や天才(神に愛された者=AMA-DEUS)の超倫理性について、
原作の戯曲は、サリエリの悲憤という形で問いかけるのである。

映画でのサリエリは、
モーツァルトに急かされるままに、口述筆記を引き受け、
秘密のヴェールに包まれていた、モーツァルトの創作過程を、
初めて目の当たりにすることになる。
そして、次々と紡ぎ出されてゆくレクイエムの響きに、
敵情視察という本来の目的も忘れ、感動に打ち震えてしまう。

この場面では、
モーツァルトを不倶戴天の敵と見なしながら、
モーツァルト作品の真価を理解できた、
唯一の同時代人として、サリエリが描かれる。
そんなサリエリの、二重の意味で孤独な立ち位置こそが、
即ち、映画「アマデウス」の主眼として扱われるのである。
「才能から疎外された者」としての孤独感が、
サリエリの中で、モーツァルトへの敵意に繋がっただけでなく、
「モーツァルト作品への畏敬」という一種の連帯感が、
群衆に対する敵意を生じて、彼に一層の孤独を味わわせたわけだ。

いや、もっと正確に言えば、
これら二つの主題は、戯曲と映画の両方に、
多かれ少なかれ、現れてくるものなのだが、
「どちらに重点を置くか」という分かれ道において、
戯曲と映画は、それぞれの針路を選んだのである。# by nazohiko | 2007-01-11 22:41
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by nazohiko | 2007-01-11 22:41 | ☆旧ブログより論考・批評等

続・「グラディエーター」寸感

昨晩レヴューを試みた「グラディエーター」は,
物語や映像作りの類型について言えば,
「ベン・ハー」(1959,W.ワイラー監督)や
「ローマ帝国の滅亡」(1964,A.マン監督)を
受け継ぐ一篇だと言える。

先月は「敬愛なるベートーヴェン」という映画を観て,
いたく気に入り,ここにも寸評を書き付けてみたが,
ふと思えば,この作品も,
「アマデウス」(1984,M.フォアマン監督)の後裔だ。
アンナがベートーヴェンに侍して,口述筆記する場面など,
「アマデウス」へのオマージュと見受けられる要素もある。

現在のところ,私が選ぶ三大名画は,
「ベン・ハー」
「アマデウス」
「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995,K.S.ラヴィクマール監督)
なのだが,
これらと通じ合うような作品には,
やはり好感を持ちやすいのかもしれない。

尤も,「アマデウス」に関しては,
原作となった戯曲(1979,P.シェーファー執筆)にも,
映画とは違った魅力があり,一読をお勧めできる。
日本初演時にモーツァルトを演じた(!)江守徹の訳により,
東京の劇書房から,日本語版が刊行されている。

ちなみに,私が三大オペラを選ぶとすれば,
「フィガロの結婚」(1786,W.A.モーツァルト作曲)
「ドン・カルロ」(1867,G.ヴェルディ作曲)
「ヴォツェック」(1925,A.ベルク作曲)
今の段階では,こんな顔ぶれになるだろうか。# by nazohiko | 2007-01-10 23:15
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by nazohiko | 2007-01-10 23:15 | ☆旧ブログより論考・批評等

映画「グラディエーター」寸感

正月休みの何日目だったか,
「グラディエーター」という映画を放送していたので,
ついつい最後まで見届けてしまった。
監督はリドリー・スコット,
出演はラッセル・クロウ,ホアキン・フェニックス等。
グレゴリオ暦でいう紀元後2000年に公開されたそうだ。

「グラディエーター(gladiator)」とは,
古代ローマの剣闘士のことである。
見世物として,大観衆の眼前で殺し合うのが,
奴隷身分に置かれた彼らの,唯一の務めだった。

グレゴリオ暦でいう紀元後一世紀の末,
賢帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスは,
名将マキシムスを,後継者にと望んでいた。
ローマ皇帝の位は,必ずしも世襲ではなく,
マルクス・アウレリウス・アントニヌスもまた,
血の繋がらない先帝の養子となって,帝位を継いだのだった。

しかし皇子コンモドゥスは,これを快く思わず,
父を謀殺して,帝位を奪ってしまったばかりか,
自分の地位を脅かしかねないマキシムスを処刑しようとする。
間一髪のところで,逃走に成功したマキシムスは,
負傷して倒れていたのを,奴隷商人に売られ,
剣闘士として生きてゆくことを余儀なくされるが,
彼は,持ち前の剣術や統率力に物を言わせて,
スーパースターへの階段を上ってゆくのだった。

ネロ,カリグラ,ヘラガバルスと並んで
ローマ史上に輝くバカ殿となり果てていたコンモドゥスは,
かつて処刑を命じたはずのマキシムスが,
剣闘士として御前試合に現れたのを見て,ひどく恐懼し,
元老院議員たちは,マキシムスの生存を知って驚喜する。

マキシムスに,再び軍隊を率いさせて,
コンモドゥス打倒のクーデターを起こそうという機運さえ,
議員たちの間に醸されてきた中にあって,
愚昧と狂気の度が,いよいよ頂点に達した皇帝は,
自ら剣闘士となって闘技場(コロセウム)に降り立ち,
マキシムスと直接対決することを決意する。

卑劣なコンモドゥスの手により,
マキシムスは,闘技場の裏で腹部を刺されてしまうが,
その刀傷を隠しながら,宿敵コンモドゥスを討ち果たす。
現職の皇帝が斬殺されるという非常事態でありながら,
親衛隊は,その様子を冷ややかに眺めるばかりだった。
喝采の声を浴びながら,力尽きたマキシムスは倒れてゆく。

マルクス・アウレリウス・アントニヌスの後を
皇帝の器ではないコンモドゥスが継いだせいで,
ローマ帝国の最盛期が,ついに終わってしまったことや,
彼が剣闘士の真似事にうつつを抜かしているうちに,
誰からも見限られて暗殺されたことは,いずれも史実である。

一方,マキシムスという人物は実在しなかったそうだし,
コンモドゥスが父帝を殺して即位したという証拠もない。
まして,彼は剣闘競技の場で落命したのではないけれども,
この映画は,史実と虚構を巧みに組み合わせ,
ローマ史マニアにとって,極上のごちそうと言うべき一篇だった。

また,主役側の登場人物たちの行動が,
「帰るために闘う」というキーワードによって,一貫していたこと。
マキシムスにとって,この物語は,
妻子の待つ故郷に帰還するための,闘いの過程であった。
妻子がコンモドゥスに虐殺されたことを知って以後は,
せめて命と引き替えにコンモドゥスを倒して,
妻子の待つ楽園へ往きたいという悲願が,彼を動かし続けた。

コンモドゥスの姉ルキッラや,元老院議員たちにとっては,
それは,撹乱されたローマ帝国をコンモドゥスから奪い返し,
先帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスが目指していた
善政の道に復帰させてゆくための,闘いの過程だったのである。

マキシムスとコンモドゥスが,
見物客たちの前で「相討ち」を遂げたことにより,
マキシムスの悲願も,
ルキッラや議員たちの悲願も,とりあえず成就した。

マキシムスが,闘技場の砂の上で息絶えた時,
ルキッラは一言「帰った」と呟くのだったが,
ラストシーンで発せられた,この言葉こそ,
二時間余に及んだ映画を,力強く完結させる言葉だったのである。
「帰った」のは,マキシムスだけではない。
ルキッラ自身も,居並ぶ議員たちも,
彼ら一人一人の闘いが,この瞬間に終わったことを自覚していた筈だ。# by nazohiko | 2007-01-09 21:35
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by nazohiko | 2007-01-09 21:35 | ☆旧ブログより論考・批評等

けふはクリスマスなり

キリスト教の中でも「東方正教会(Eastern Orthodox)」と総称される宗派,即ちギリシア正教・ロシア正教・グルジア正教・ブルガリア正教・ルーマニア正教などでは,ユリウス暦の12月25日にクリスマスを祝うそうだ。

私たちが使い慣れているグレゴリオ暦は,カトリック教の総帥であるローマ教皇が,約400年前に制定したものだ。東方正教会は,これを受け入れずに,ユリウス・カエサルが約2000年前に定めた暦を,今に至るまで守っているのである。暦としての精度が,さすがにグレゴリオ暦より劣るため,ユリウス暦の日付とグレゴリオ暦の日付は,年を追って広がってゆくことになる,現在のずれは13日であるため,今日(グレゴリオ暦の2007年1月7日)が,ユリウス暦のクリスマスに当たる。現時点では2006年の12月25日なのであって,もう七つ寝ないとお正月が来ない。

いや,「クリスマス」とは言わずに,日本で使われている正教用語に従って「主の降誕祭」と称するべきか。正教では,教祖を「イイスス・ハリストス」と呼び,その母のことは「生神女」と呼び,祈祷や儀式を総称して「奉神礼」と呼び,それに含まれる七つの儀式は「機密」と呼ぶらしい。ギリシア語やロシア語に由来する訳語や音写を用いるために,用語が他の宗派とは一味違うのである。# by nazohiko | 2007-01-07 21:57
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by nazohiko | 2007-01-07 21:57 | ☆旧ブログより歳時の話題