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あれあれあなあな 続報

昨日の記事でご紹介した、
木下杢太郎の作詞した「伊東小学校校歌」だが、
この小学校が、杢太郎自身の出身校であること、
そして、「伊東市立西小学校」と改制された今もなお、
校歌として受け継がれていることが分かった。
近年になって、校庭に歌碑が建てられたという。

  西に山、東に海、
  美しいかな、この岡、われらが里。
  あれあれあれあれ、朝日子登る。
  あれあれあれあれ、船出の叫び。
  さればわれ等も親々の如く、
  力めむかな、いざ、はらからよ、友よ。
  力めて更に歩武を進めむ。
  額に汗、
  腕に力、
  意志強く、質實に、されどやさしく、
  いざ、はらからよ、同窓の友よ。
  あなあなあなあな、幸ある御國。
  あなあなあなあな、樂しきつどひ。

宗左近に作詞してもらった校歌を、
あっという間に廃止して、
「穏当な」歌詞に改めてしまった学校もあると聞く中で、
あれあれあれあれ あっぱれなこと。
あなあなあなあな 伊東市立西小学校 (^o^)

# by nazohiko | 2006-12-25 16:47
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by nazohiko | 2006-12-25 16:47 | ☆旧ブログより論考・批評等

発信 ゆんゆん 受信 やんやん

木下杢太郎全集の、詩の部分だけ、
大変な安値で出ていたので、迷わず買い求めた。

詩集『食後の唄』や戯曲「南蛮寺門前」など、
メジャーな作品には、いろいろ親しんできたつもりだが、
さすが全集だけあって、未知の詩歌がごろごろしている。

杢太郎の作詞した「伊東小学校校歌」も、その一つだ。
静岡県伊東市は、彼の故郷である。

  西に山、東に海、
  美しいかな、この岡、われらが里。
  あれあれあれあれ、朝日子登る。
  あれあれあれあれ、船出の叫び。
  さればわれ等も親々の如く、
  力めむかな、いざ、はらからよ、友よ。
  力めて更に歩武を進めむ。
  額に汗、
  腕に力、
  意志強く、質實に、されどやさしく、
  いざ、はらからよ、同窓の友よ。
  あなあなあなあな、幸ある御國。
  あなあなあなあな、樂しきつどひ。

「昭和三年八月作」と附記されているのだが、
何というアヴァンギャルドな校歌であろうか!

宗左近の作詞した「清陵情報高等学校校歌」が、
数年前に、ちょっとした話題になったが、
その「発信 ゆんゆん」や「受信 よんよん」を、
杢太郎の「あれあれあれあれ」と「あなあなあなあな」は、
遥かに先取りしていると言ってよい。

  http://www.seiryojoho-h.ed.jp/webt/syoukai/kouka/kouka.htm

当時の杢太郎は、東北帝国大学医学部の教授であり、
「著名な詩人」というより「郷土出身の偉い学者」として、
校歌の作詞を依頼されたのだろう。
それゆえか、良くも悪くも校歌風のフレーズに満ちているが、

  あれあれあれあれ、朝日子登る。
  あれあれあれあれ、船出の叫び。

と続くところは、
印象派の絵画のように、鮮烈なイメージを与えてくれるし、

  額に汗、
  腕に力、
  意志強く、質實に、

という一本調子な羅列が、
息苦しい行進曲調に陥ってしまう寸前で、

  されどやさしく、

と転折させてみせるあたりにも、杢太郎の刻印は疑いない。

世間では、クリスマス・イヴと呼ばれる晩である。
この晩に、杢太郎の全詩歌を入手することができたのは、
キリシタン文化に造詣の深かった彼と、
今年の夏に鬼籍に入った宗左近が、
力を合わせて、天上から「発信 ゆんゆん」してくれた、
クリスマスの贈り物なのかもしれない。
ならば、ありがたく「受信 よんよん」させていただこう。 # by nazohiko | 2006-12-24 20:13
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by nazohiko | 2006-12-24 20:13 | ☆旧ブログより論考・批評等

一陽来復

これは『易経』に出てくる「復」という卦である。

【旧ブログでは画像あり】

繋がった横棒で陽を表し、
分断された横棒で陰を表すことにして、
横棒を六段にわたって重ねてゆけば、
合計六十四通り(二の六乗)の卦ができあがる。
「復」は、その中の一つである。

『易経』に列挙された六十四の卦を材料として、
数や形のシンボリズムを展開することを「易学」というが、
一年を構成する十二の月(month)に、
一つずつの卦を対応させることによって、
季節が循環してゆく原理を、
視覚的に説明してみせようとする一派があった。

彼らに言わせれば、
地上に陽の気が多くなればなるほど、
温暖な季節となり、昼の時間が長くなる。
逆に、陰の気が多くなればなるほど、
寒冷な季節になり、夜の時間が長くなる。
そして、冬至の月である旧暦十一月を象徴する卦として、
彼らに選び出されたのが、「復」の卦である。

この卦の形状を、よく見てほしい。
六段あるうちの五段までが、
陰を表す、分断された横棒によって占められている。

つまり、冬至の月には陰の気が圧倒的に優勢であり、
それゆえに、とても寒冷であり、
夜の時間が、ひどく長いことを表現するのだが、
しかし、最下段には、
陽を表す、繋がった横棒が姿を現している。
死に絶えていた陽の気が、地上に再び芽生えてきたのだ。

やがて、陽の気は勢いを取り戻してゆき、
陰の気を地上から追い払ってしまうだろう。
冬至の月が、陰陽バランスの転回点であるという考え方や、
それを視覚的に象徴する、「復」の卦のこんな形状から、
「一陽来復」という言葉が生まれたわけである。

春分の月である旧暦二月は、「大壮」の卦で象徴されるが、
この卦は、下から四段までが陽の横棒によって占められ、
陰の横棒は、上の二段に追いつめられている。

【旧ブログでは画像あり】

そして、小暑の月である旧暦四月は、
陽の気によって、地上が完全制覇された一ヶ月と見なされ、
六つの段がことごとく陽の横棒から成る、
「乾」と呼ばれる卦によって象徴されるのである。

【旧ブログでは画像あり】

夏至の月である旧暦五月に至ると、
最下段には、陰の横棒が姿を現すようになる。
ここからは、陰の気が陽の気を追いつめる時期に入るのだ。

【旧ブログでは画像あり】

今日は冬至である。# by nazohiko | 2006-12-22 22:40
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by nazohiko | 2006-12-22 22:40 | ☆旧ブログより歳時の話題

自由の歌 K.506

ザルツブルクにある国際モーツァルテウム財団が、
モーツァルトの全作品の楽譜を、
無料ダウンロードさせてくれるというサーヴィスを始めた。

現代の音楽学者たちによって校訂された、
「新モーツァルト全集」と呼ばれるエディションである。
書籍として売られてもいるものを、
よくぞこのような形で公開してくれたものだ。

http://nma.redhost24-001.com/DME/nma/nmapub_srch.php?l=2

私がこのページを知って、真っ先に探しに行ったのは、
未完に終わった「レクイエム K.626」のオリジナル譜。
モーツァルトが書き残したまま、弟子の補筆が入っていない、
それゆえに空白だらけの楽譜と、初めて対面した。

次に、かつて「トリビアの泉」でも紹介された
珍曲中の珍曲「おれの尻をなめろ K.231」を。

そして、三番目に飛びついたのが、
「自由の歌 K.506」という、小さな歌曲である。
このようなPDFファイルになって、楽譜は出てくる。

http://dwstore.sonydadc.com/mozarteum/pdf/nma_89_28_29.pdf

歌の旋律といい、鍵盤楽器の伴奏といい、
何の変哲もないのに、私は幾度でも聴きたくなるのだ。
歌詞だって、大したことは言っていない。
恋のとりこになんて、なりなさるなよ、
殿様の地位なんて、めざしなさるなよ、
自由こそ黄金の味わい、それを解さぬやつは哀れ……。

あいにく、あまり良い演奏ではないのだが、
宜しかったら試聴していただきたい。
(ソプラノ:Erika Koth、ピアノ:Gunther Weissenborn)

http://www.amazon.com/gp/music/wma-pop-up/B0000035SY001019/ref=mu_sam_wma_001_019/103-3392667-6512650

中学二年生か高校生の夏休みだったと思うが、
FMラジオから、エリー・アメリングの声で流れてきたのが、
この小曲との出会いだった。# by nazohiko | 2006-12-21 00:06
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by nazohiko | 2006-12-21 00:06 | ☆旧ブログより随想・雑記等

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http://www6.ocn.ne.jp/~miz2/morse.htm# by nazohiko | 2006-12-18 20:06
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by nazohiko | 2006-12-18 20:06 | ☆旧ブログより随想・雑記等

メロスゎ激怒した

文字化ヶしてぃるのでゎない。
「あ、い、う、え、お、つ、や、ゆ、よ、わ」を、
「ぁ、ぃ、ぅ、ぇ、ぉ、っ、ゃ、ゅ、ょ、ゎ」に
片っ端ヵら置き換ぇるとぃぅ、
当節流行の綴り方ぉ、用ぃてみたのでぁる。

これに加ぇて、格助詞「は」と「を」ぉ、
それぞれ「ゎ」と「ぉ」で表記するのが、一般的だ。
平仮名にゎ小文字のなぃ「か」と「け」につぃて、
片仮名の「ヵ」と「ヶ」に置き換ぇることも、時に行ゎれる。

このょぅにして文ぉ綴ると、
見た目にコミヵルな凸凹が生まれるし、
一種のぁどヶなさを感じさせるので、ちょっとぉもしろぃ。

「メロスゎ激怒した。」

「清が死んだら、坊ちゃんのぉ寺へ埋めて下さぃ。」

ぁまり律儀に、ことごとく小文字に置き換ぇてしまぅと、
ひどく読みづらぃ文になってしまぅので、
ぁぇて小文字にしなぃ箇所ぉ、
適当に残してぉくとぃぅセンスが、
これヵらゎ、求められるょぅになるヵもしれなぃ。

とぃぅヵ、
格助詞「は」ぉ、「ゎ」と表記することと、
丁寧の接頭辞「お」ぉ、「ぉ」と表記することの二つゎ、
ネットの世界ぉ中心にして、
既に一時的流行の域ぉ超ぇ、
ひとつの慣用的な綴り方として、
定着の域に入りつつぁるょぅにすら見ぇるが、
文法的に見て、ぁながち無意味とぃぅゎヶでもなぃ、
これら二つだけが、
単独で生き残ってゅくことになるのヵもしれなぃ。# by nazohiko | 2006-12-18 00:27
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by nazohiko | 2006-12-18 00:27 | ☆旧ブログより論考・批評等

デジタルな舞、アナログな舞

フィギュアスケートの試合を、テレビで観た。
グランプリ・ファイナルという大会の、
第一日の模様だそうである。

トリノ・オリンピックで見かけて以来、
わが熱愛する「女子プロレス系フィギュアスケーター」
ミラ・リュンが呼ばれていないのは残念だったが、
それなりに楽しめる試合だった。

フィギュアスケートを、
平素から観ているわけではないので、
何をどうすれば得点に繋がるのか、
解説のアナウンスを聞いても、ピンと来ないのだが、
浅田真央が一位で、安藤美姫が二位だったのは、
私なりの基準でも、納得することができた。

安藤美姫の身体が描く線は、
十分に流麗ではあるのだが、
しかし、よく目を凝らしてみると、
針のように短い直線を、無数に繋げてゆくことで、
一本の曲線に近似したものを、私たちの目に見せるようだ。
いわば、デジタルな出力波形としての舞。

それに対して、
浅田真央は、手指の先から足の爪先まで、
ほんの僅かな角(かど)をも感じさせない。
シームレスな一本の曲線として、
どこまでもしなやかに立ち現れる。
いわば、アナログな波形を描く舞なのだ。
より高い技量を要するのは、こちらだろう。# by nazohiko | 2006-12-17 00:22
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by nazohiko | 2006-12-17 00:22 | ☆旧ブログより論考・批評等

南部坂 雪の別れ

赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったのは、
旧暦12月15日の未明だったのだが、
浅野内匠頭と四十七士の眠る泉岳寺では、
新暦の12月14日である今日、
「義士祭」が行われることになっている。

忠臣蔵の物語は、
殺伐としたエピソードが続くので、
私はちょっと苦手なのだけれど、
「南部坂 雪の別れ」の場面は、大好きだ。
新暦ではなく、旧暦の12月なのだから、
江戸に雪が降っていても、不思議ではないのである。

討ち入りの晩を迎えた旧暦12月14日、
大石内蔵助は、浅野内匠頭の妻だった瑶泉院を訪ねる。
瑶泉院は、南部坂に近い屋敷に隠棲していた。

瑶泉院は、いよいよ決起の報告に来てくれたのだと思ったが、
大石は、屋敷の中にスパイが紛れていることを慮って、
自分には仇討の計画など毛頭なく、
もうすぐ江戸を離れて、
他の藩に再就職することになったので、
暇乞いにやってきたのですよと、嘘を言う。
期待が外れた瑶泉院に、ひどくなじられ、
浅野内匠頭のために焼香することまで拒絶されながら、
大石は袱紗包みを一つ残して、静かに辞去してゆく。

大石が去った後、
腰元に扮していたスパイが、袱紗包みに忍び寄るが、
幸いにも、スパイはその場で取り押さえられ、
取り戻された包みを、瑶泉院が開いてみると、
そこには、浪士たちの連判状が入っていた……。
二度と生きては会えぬであろう大石を、合掌して見送る瑶泉院。
そして、雪の南部坂を下ってゆく大石の後ろ姿。

講談で演じられる場合には、
連判状に見立てた手拭いを、両手で捧げ持ちながら、
浪士たちの姓名を、一気呵成に暗誦してゆくのが、
ひとつの見せ場となる。 # by nazohiko | 2006-12-14 21:47
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by nazohiko | 2006-12-14 21:47 | ☆旧ブログより随想・雑記等

続・「敬愛なるベートーヴェン」寸感

あれからプログラム冊子をめくってみると、
アニエスカ・ホランド監督が、
第九交響曲の初演シーンを、
あえて映画の中途に置くという物語構成は、
ひとつのチャレンジだったと語っている。

インターネット上に出ている批評には、
第九交響曲の初演で、映画を終わってほしかったとか、
後半の数十分は蛇足だったというものが、
存外に多かったのだけれども、
もしも、あのシーンで物語が閉じられていたならば、
それは、既に「楽聖」として評価の定まった人を、
教科書的に讃美する映画に終わってしまうではないか。

さにあらず、ベートーヴェンは、
当時の「前衛作曲家」だったのであり、
同時代の人々に、受け入れられにくいのは承知の上で、
自分の音楽を模索し続けた人なのだ。
第九交響曲のように、発表当初から好評だった作品は、
むしろ少なかったのである。

そして、なまじ優等生であるがゆえに、
ベートーヴェンが第九交響曲以後に生み出した作品を
どう受け止めてよいのか、戸惑ってしまう一方で、
ベートーヴェンを敬愛するがゆえにこそ、
作曲家として、ベートーヴェンの模倣を脱しきれずに
アイデンティティ・クライシスに苦しむアンナ。

そういう部分まで、しっかりと描き込んでこそ、
硬直した偉人伝(滝廉太郎の映画を思い出す)から脱却して、
血の通った人間たちのドラマになるというものである。
だから、この映画の後半部分を、
私は基本的には支持したい。

但し、それほど意義のある後半部分を、
わざわざ「チャレンジ」してまで、付け加えるからには、
アンナが一度は駄作のレッテルを貼った「大フーガ」を、
ベートーヴェン最晩年の傑作として、
受容できるようになってゆく過程や、
アンナの作った、半端にベートーヴェン風のピアノ曲が、
度重なる推敲や、ベートーヴェンとの対話を経て、
アンナ自身の音楽に生まれ変わってゆく過程を、
もっと私たちに見せてほしかったと思うところだ。

この映画を観ていて、
ふと連想したのが、往年の名作「ベン・ハー」である。
ベン・ハーが、命がけの戦車競技に勝利し、
宿敵メッサーラを倒すところでは、映画が終わらない。
物語が本当の円満解決に至るためには、
更にいくつかの展開が、必要だったからである。# by nazohiko | 2006-12-12 00:25
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by nazohiko | 2006-12-12 00:25 | ☆旧ブログより論考・批評等

「敬愛なるベートーヴェン」寸感

「敬愛なるベートーヴェン」という映画を観てきた。
文法的におかしい訳題だが、
原題を"Copying Beethoven"という。

監督はアニエスカ・ホランド、
主演はエド・ハリス(ベートーヴェン役)と、
ディアーネ・クリューガー(アンナ・ホルツ役)。
登場人物は英語を話すが、"Mr."ではなく"Herr"を使うなど、
ドイツ語の雰囲気が、ところどころに取り入れられていた。

時と場所は、1824年のウィーン。
第九交響曲の初演を数日後に控えて、
ベートーヴェンは、なお推敲に没頭しており、
譜面の清書が、まだ出来上がらない。
業を煮やした楽譜商は、
作曲科で一番の成績だという女学生アンナを、
写譜(copying)のアルバイトとして、
ベートーヴェンのもとへ送り込む。

烈火の如きベートーヴェンや、その汚い仕事部屋に、
震え上がったり、逆ギレしたりしながら、
アンナは、第九交響曲の譜面を仕上げてゆくのだが、
そこでまた、新たな問題が浮上する。
聴力をほとんど失ったベートーヴェンは、
オーケストラと合唱を、満足に指揮できないのだ。

この映画には、
ベートーヴェンが住み着いていた、アパートの七階が出てくる。
大きなラッパのような、愛用の補聴器も出てくる。
ダメ男な甥っ子のカールも、肥満したルドルフ大公も出てくる。
そして、舞台の陰に隠れたアンナの身振りをまねながら、
ベートーヴェンが、たどたどしくも意気揚々と
第九交響曲の初演を指揮する、長いシーンは、
この場面を観るだけでも、映画館に赴く価値は十分にある。

史実では、ベートーヴェンは形ばかりの指揮をしただけで、
別の音楽家が、実際の指揮を担当していたそうだが、
この映画に描かれた、二人三脚の指揮姿は感動的だ。
拍手喝采が聞こえないベートーヴェンを、
聴衆のほうへ向き直らせてやったのは、
史実としては、アルト独唱の歌手だったらしいが、
この映画では、舞台の陰から這い出たアンナが、
ベートーヴェンを振り向かせて、聴衆の熱狂ぶりを見せる。

とはいえ、これでやっと物語の半ばにすぎない。
新しい音楽を、貪欲に模索し続けるベートーヴェンと、
ベートーヴェンを心から尊敬しながらも、
第九交響曲以後の新作を理解できず、悩むアンナという図式が
最晩年の「大フーガ」をめぐって、浮き上がってくる後段こそ、
むしろ、この映画の真髄であると言うべきだろう。

心を開ける数少ない相手となった、アンナの作ったピアノ曲や、
アンナの恋人が造った、コンペティション用の建築模型にすら、
情け容赦ない酷評を浴びせるベートーヴェンと、
そんなベートーヴェンに、心を傷付けられつつも、
ベートーヴェンの模倣を脱しきれない若手作曲家アンナという図式も、
後半部分の重要なテーマとなっている。

ラストシーンの近く、
病床に臥すベートーヴェンに代わって、
アンナが「聖なる感謝の歌」を口述筆記する。
この映画は、ベートーヴェンの譜面を、
アンナが清書する(copying)場面に始まり、
ベートーヴェンの口ずさむ音楽を、
アンナが筆録する(copying)場面に終わるわけだ。

原題にいう"Copying Beethoven"とは、
ベートーヴェンを書き写すという、
アンナの仕事を指す一方で、
写譜や口述筆記という営みを通じて、
ベートーヴェンの魂を、少しでも読み解き、
ベートーヴェンの魂に、少しでも近づこうとした
アンナその人を表す言葉なのかもしれない。# by nazohiko | 2006-12-10 23:51
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by nazohiko | 2006-12-10 23:51 | ☆旧ブログより論考・批評等