by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko
最新の記事
4月1日
at 2017-04-01 21:12
君よ知るや「カニのタルト」
at 2017-03-31 15:18
君よ知るや汝窯の青磁水仙盆
at 2017-03-09 23:15
君よ知るや台湾紅茶と台湾ウィ..
at 2017-03-08 21:30
当たり前ポエムと言えば……。
at 2017-03-08 00:32
カテゴリ
全体
◆小説を読む
◆小説を読む(坊っちゃん)
◆論考を読む
◆詩歌を読む
◆漫画を読む
◆動画を視る
◆音楽を聴く
◆展覧を観る
◇詩歌を作る
◇意見を書く
◇感想を綴る
◇見聞を誌す
☆旧ブログより論考・批評等
☆旧ブログより随想・雑記等
☆旧ブログより韻文・訳詩等
☆旧ブログより歳時の話題
★ご挨拶
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 03月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 02月
2014年 04月
2013年 07月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 08月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2003年 08月
2003年 07月
2001年 04月
検索
その他のジャンル


<   2006年 11月 ( 20 )   > この月の画像一覧

あんなベートーヴェン

"The Unheard Beethoven"のウェブサイトでは、
ベートーヴェンの未完成作品や草稿に、
現代の好事家が補筆して、
曲としての格好を整えたものも、MIDIで聴かせてくれる。
http://www.unheardbeethoven.org/

この種の「補筆完成版」には、
がっかりさせられることが多いものだが
それらの中で、1791年または93年に着手されたという
ハ短調交響曲の第1楽章は、なかなかの聴き物だと思う。
補筆完成を手がけたのは"Willem"氏。
http://www.unheardbeethoven.org/midis/hess298.mid

同じウェブサイトに、
未完成の楽譜を、そのままMIDIにしたものも公開されている。
http://www.unheardbeethoven.org/midis/hess298b.mid

もし作曲者自身によって完成させられていたなら、
交響曲第1番と呼ばれていたはずの、20代前半の試みだった。
現在「交響曲第1番」として知られている、全く別の作品は、
作曲者が30歳を迎えた1800年に、ようやく現れることになる。

とはいえ私は、この補筆完成版を、
「ベートーヴェンの交響曲」として楽しみたいのではない。
作曲者自身による草稿(ピアノ用)は、
ソナタ形式の楽曲が「提示部」「展開部」「再現部」から成るうちの、
提示部まで、既にあらかた出来上がっており、
それはつまり、再現部の楽譜も残っているようなものだから、
そうした部分については、一応の安心感をもって、
補筆完成版の響きに「ベートーヴェンの音楽」を聴き取ることは可能だ。

しかし、この補筆完成版は、
草稿のピアノ譜を、管絃楽用に編曲するにあたって、
明らかに、後年の交響曲第3番や第5番を模倣している。
「運命」や「英雄」そっくりに鳴りわたるオーケストラは、
ベートーヴェン初期の管絃楽曲に、ちっとも似ていないのだ。
ゼロから補作された展開部についても同様である。
楽章全体を締め括る一段を、
まるで第2の展開部のように、大きく膨らませた構成まで含めて、
多くの人が、「運命」や「英雄」を連想させられるだろう。

私は、この補筆完成版を、
現代のベートーヴェン愛好家による、
ベートーヴェンに対する愛情の表現として、楽しみたいと思う。
あくまでそれは、
中期以降の作品と、数々の偉人伝を通して形作られた
「楽聖ベートーヴェン」のイメージに
向けられる愛情に他ならないわけだけれども、
それはそれで構うまい。
私にも、そういうところがあるから。
「英雄もどき」や「運命もどき」な作曲や編曲の試みとしても、
まずまずの巧さだと思うので、
その意味でも、やかましいことを言わずに楽しむことができる。

※補筆完成版の構成は、
   0:00-2:15 提示部
   2:15-4:28 提示部の反復
   4:29-5:42 展開部
   5:42-7:57 再現部
   7:58-8:49 終結部

# by nazohiko | 2006-11-11 16:14
[PR]
by nazohiko | 2006-11-11 16:14 | ☆旧ブログより論考・批評等

こんなベートーヴェン

"The Unheard Beethoven"というウェブサイトがある。
名前の通り、ベートーヴェンの珍しい作品や、
未完成に終わった楽曲を、MIDIの形で聴かせてくれる所だ。
http://www.unheardbeethoven.org/

その中に、交響曲第3番「英雄」の草稿がある。
http://www.unheardbeethoven.org/midis/drft55-1.mid
ほとんど伴奏もないまま進んでゆく、4つの断片だけれど、
ベートーヴェンがどんなことを考えていたかは、わりと分かる。

30代半ばのベートーヴェンによって、1804年に完成され、
同年輩のナポレオンに献呈されるはずだった、この交響曲。
私たちの親しんでいる現行版では、
まず初めに、オーケストラ全員が、
変ホ長調の主和音を、「ジャン、ジャン」と二度打ち鳴らす。

ところが、今に残る1803年の草稿では、
そこの「ジャン、ジャン」が、なんと甲高い属七和音だったのだ。
引き続いて第一のメロディーが出てくるところからは、
現行版に似ていると言えば、似ているのだけれども、
草稿の音楽は現行版に比べて、
いまひとつ安定しない和声の流れの中で、
同じような音型を粘着的に繰り返しながら、もぞもぞと前進してゆく。
そしてその結果として、
ひとつの気分が確立したと言えるまで、現行版よりも手間がかかるし、
次の気分に切り替わってゆく過程も、目が覚めるほどに鮮やかではない。

もしもベートーヴェンが、そのまま作曲を続けていたら、
これはこれで、魅力的な交響曲になっただろうと思う。
属七和音による「ジャン、ジャン」のチョイワルオヤジぶりまで含めて、
生身のベートーヴェンや、生身のナポレオンの姿に、
現行版よりも、むしろずっと肉薄しているような気がするのだ。
逆に言えば、
現行の第3交響曲は「薄情」或いは「非人情」な響きがするという、
今まで薄々と抱き続けてきた印象を、
草稿に触れることによって、
私は思い出し、そして確信するようになった。

だが、しかし。
ベートーヴェンが、この交響曲を組み立ててゆく中で、
最終的に必要であると悟ったものこそ、
他でもない「非人情」の音楽性ではなかったのか。
地平線の彼方まで、一点の翳りも許さぬ如くに、
延々と照射され続ける、変ホ長調の和音。
それでいて、
音楽がいったん転進を決意した時の、呆れるほどの変わり身のすばやさ。
そんな輝かしい「非人情」の世界でなければ、
自分が心に描く「英雄」は、住めないと判断したのではないだろうか。

ベートーヴェンが、実在のナポレオンの肖像でもあり、
ナポレオンを信奉する作曲者自身の肖像でもあった、書きかけの楽譜を、
もはや如何なる生身の人間にも似ていない、
もはや如何なる生身の人間をも寄せ付けない、
「非人情」な音楽巨篇に化けさせるに及んだ、その瞬間に、
彼の「英雄」交響曲は、誕生の時を迎えたと言えるのかもしれない。
私は、このように思い至ることで、
現行版に対する長年の違和感を、
昂奮気味の納得へと昇華することができた次第である。

言い換えれば、
「人情」や「人間臭さ」を、あえて切り捨ててしまうことによって、
せいぜい「ナポレオン」交響曲でしかなかった草稿は、
押しも押されもせぬ「英雄」交響曲として脱皮したのだ。
仮にこの「英雄」交響曲を、「超人」交響曲と呼び替えてみても、
ベートーヴェンからお叱りを受けることはあるまい……。

モーツァルトの音楽は「天使の歌声」であり、
ベートーヴェンの音楽は「人間の叫び」であるとか何とか、
従来まことしやかに語られてきたけれども、
そのような二分法の再考を、改めて促してくれるような経験を、
交響曲第3番の草稿は、私にもたらしてくれた。
もうちょっと正確に言えば、
その草稿の「人間の叫び」性は、
「英雄」と名付けられた現行の第3交響曲が、
実に「非人情」な名曲であることを、私に確信させてくれたのである。

# by nazohiko | 2006-11-11 00:11
[PR]
by nazohiko | 2006-11-11 00:11 | ☆旧ブログより論考・批評等

いちご姫

昨晩テレビを点けていたら、
いちご姫が出ているのを見つけて、びっくりした。

2004年の1月下旬だったと思うが、
笹公人さんが
「宇宙ヤング」という二人組でライヴに出られたのを、
新宿まで聴きにいったことがある。
その晩、最後に登場したバンドのヴォーカルが、
いちご姫だった。

いちごのかぶり物、
いちごをテーマにした歌、
いちごにまつわるトーク、
あまつさえ、
「いちごダンサーズ」を客席に派遣して、
いちごみるく飴(懐かしい!)を客席に配るという、
いちごづくしのステージ。

ライヴハウスという所に行ったのは、
ほとんどあれっきりだったので、
たった1度のいちご姫体験だったけれども、
今なお記憶に鮮明で、今なお愛おしい。

ちょっと真面目なことを言うなら、
「○○づくし」の芸風を、
安易なことだと思ったら、大間違いなのであって、
それを立派にやってのけるためには、
むしろ、並々ならぬセンスを要するのだよ。

深夜のバラエティ番組で、
教室を模したセットの片隅に座っていたいちご姫は、
いわゆる「いじられ役」として、
なんとなく不本意な表情をしていたけれども、
いつの日か、得意の歌で、
ブラウン管をいちご色に染めてもらいたい。

あ、いちご姫のオフィシャルサイトが出来ている。
http://www.ichigohime.jp/

# by nazohiko | 2006-11-10 00:05
[PR]
by nazohiko | 2006-11-10 00:05 | ☆旧ブログより論考・批評等

福沢論之概略

岩波文庫の青版に
福沢諭吉の『文明論之概略』が入っているが、
書店に平積みになっているのを見つけて、
捲ってみたら、口絵が替わっていた。

私が高校生の頃に買った版には、
明治初年に撮られたポートレートが載っていて、
これが好きだったのである。

【旧ブログには画像あり】

髪油したたるばかりのヘアスタイル、
二連式(?)の蝶ネクタイ、
そして、この不敵な流し目を見よ。

今の壱万円札が発行されてから、
福沢といえば、いよいよ、
功成り名遂げてからの肖像で、イメージされるようになった。

【旧ブログには画像あり】

けれども、
『文明論之概略』や『福翁自伝』の行間から
むんむんと立ち上がってくる熱気と色気(!)には、
「流し目の福沢」でなくては、絶対に似合わないと思う。# by nazohiko | 2006-11-09 00:09
[PR]
by nazohiko | 2006-11-09 00:09 | ☆旧ブログより随想・雑記等

さすらう学人の歌(6)

脱線のつづき。

会津八一の最終歌集となった『寒燈集』に、
「雲際」と題された7首が載っている。
1945年4月13日の空襲によって、
蔵書や収集品もろとも、自邸が全焼した体験を詠んだ
「焦土」8首の直後に置かれた一連である。

   四月三十日三浦寅吉に扶けられて羽田より飛行機に乗りてわづか
   に東京を立ち出づ

  おほそらをわたればさむきころもでにせまりてしろきあめのたなぐも
  うらぶれてそらのくもまをわたりくとふるさとびとのあにしらめやも

   やがて松ヶ崎なる新潟飛行場に着して

  みやこべをのがれきたればねもごろにしほうちよするふるさとのはま
  おりたてばなつなほあさきしほかぜのすそふきかへすふるさとのはま
  わたりこしみそらはるけくしらくものむれたつなかにいるこころかも

   新潟の浜にて

  ふるさとのはまのしろすなわかきひをともにふみけむともをしぞおもふ
  ふるさとのはまべのをぐさふみゆかばけだしやあはむわかきひのとも

失意と動揺の中で、
故郷への緊急避難を図ったフライトであり、
当時の航空水準や戦況からして、
かなりの緊張感に迫られる幾時間であっただろう。
あと3ヶ月で逝ってしまう、
病身のきい子を抱えての旅でもあった。

なのに、会津はそんな逃避行に、
「おほそらをわたれば」
「そらのくもまをわたりく」
「わたりこしみそらはるけく」といった言葉を与える。
あまつさえ、
「さむきころもで」という、
およそ飛行機には似合わないであろう語彙によって
(実際には、防寒用のコートを着ていたのだろうが)
会津は機中にある自身の姿を、
「場違いの悲喜劇」味を帯びつつ垣間見せるのである。

私は、「雲際」に収められた3首の飛行詠を目にする度、
アニメ「一休さん」のオープニングを連想してしまう。
青空に架かった七色の虹の上を、
僧服姿の一休さんが渡ってゆくシーンがあったはずだ。
老境の会津が「さむきころもで」を気にしながら、
焼尽の東京から故郷の新潟まで、虹の橋を漫歩してゆく……。
そんな有様を、唐突にも想像させられるようで、
これらの歌は、
哀しくて、可笑しくて、懐かしくて、かっこいいのだ。

ところで、きい子の写真を見ることができた。
おそらく誰が見ても、
今をときめく「青木さやか」に瓜二つである。
「自己意識の強く、批評的態度にて一々屈せざる風ありし」と、
会津は、きい子のことを語っていたけれども、
そんな彼女に、ふさわしい風貌と言えるかもしれない???

※続く

# by nazohiko | 2006-11-07 12:15
[PR]
by nazohiko | 2006-11-07 12:15 | ☆旧ブログより論考・批評等

さすらう学人の歌(5)

脱線ついでに、もうひとつ。

会津八一が語られる場合には、
必ずと言ってもよいほど
半生の全歌集である『鹿鳴集』(1940年、60歳)から
短歌が引かれるもので、
それより後に刊行された『山光集』(1944年、64歳)と、
生前最後の歌集となった『寒燈集』(1947年、67歳)が
話題に上る機会は少ない。

もっと厳密に言えば、
30年間の歌業を集成した『鹿鳴集』の中でも、
第1歌集『南京新唱』の所収歌を初めとする
比較的前期の作品にばかり、
注目が集まりがちであるようだが、
晩年の会津短歌も、なかなか佳いのだよ。

かつて上田三四二は、
『寒燈集』に収められた2つの連作を評して、
次のように述べた。

  昭和二十年(一九四五)八月、八一はながい詞書をもつきい子追
  悼の「山鳩」二十一首と、独居の生活をうたう「観音堂」十首を
  作った。私は、会津八一の晩年は、この「観音堂」の一連によっ
  て、はじめて、初発の「南京新唱」に見合う無類に透明な寂しさ
  の境地に到達したと考える。

会津八一の短歌が、
『南京新唱』を最初のピークとして、
それっきり長い低迷期に入ってしまったという
上田の意見には、私も異論がない。
中途半端な正岡子規調と、
中途半端な万葉語趣味が、
中途半端な身辺雑記風の歌ばかり生み出した時期であると、
とりあえず定義しておきたい低迷期であり、
そうした歌によって、
『鹿鳴集』の後半部分と『山光集』が、
程度の差こそあれ、おしなべて埋め尽くされている。

しかし、晩年の『寒燈集』が、
『南京新唱』の再燃であるかのような見方には、
部分的にせよ同意できない。
『寒燈集』は、会津短歌の新しい地平を示した歌集であると、
私はどうやら直感するようなのである。

私は、会津壮年の古都詠について、
まるで皮膚から沁み入ってくるような感触を覚えながらも、
そんな短歌たちを、
持ち合わせの言葉で腑分けすることができないと
「さすらう学人の歌(2)」に記したが、
晩年の境涯詠についても、まるで右に同じだ。
かといって、上田のように、
大味な評語で片付けてしまうことも、
私には肯んじ得ないので、
上田も賞賛した「山鳩」と「観音堂」から、
幾つかの歌をご紹介することで、お茶を濁したい。

  やまばとのとよもすやどのしづもりになれはもゆくかねむるごとくに
  あひしれるひとなきさとにやみふしていくひききけむやまばとのこゑ
  やすらぎてしばしいねよとわがことのとはのねむりとなるべきものか
  ひとのよにひとなきごとくたかぶれるまづしきわれをまもりこしかも
  かなしみていづればのきのしげりはにたまたまあかきりうたんのはな

  くわんおんのだうのいたまにかみしきてうどんのかびをひとりほしをり
  かたはらにものかきをればほしなめしうどんのひかげうつろひにけり
  かどがはのいしにおりゐてなべぞこのすみけづるひはくれむとするも
  うゑおきてひとはすぎにしあきはぎのはなぶさしろくさきいでにけり
  ひそみきてたがうつかねぞさよふけてほとけもゆめにいりたまふころ

このようにプロポーショナル・フォントで表示されると、
どれも平仮名31字から成る文字列だというのに、
互いに長さが違ってくることに気付かされる。

※続く

# by nazohiko | 2006-11-07 00:56
[PR]
by nazohiko | 2006-11-07 00:56 | ☆旧ブログより論考・批評等

さすらう学人の歌(4)

ちょっと脱線。

小林秀雄が「モオツァルト」の中で、
こんなことを書いている。

  美と呼ばうが思想と呼ばうが、要するに優れた芸術作品が表現す
  る一種言ひ難い或るものは、その作品固有の様式と離すことが出
  来ない。これも亦凡そ芸術を語るものの常識であり、あらゆる芸
  術に通ずる原理だとさへ言へるのだが、この原理が、現代に於い
  て、どの様な危険に曝されてゐるかに注意する人も意外に少い。

白状するに、私には意味の取れない部分もある評論なのだが、
この一節の言わんとすることは、はっきり分かるし、
はっきり分かった上で、賛意を表すことができる。

「あらゆる芸術に通ずる原理」だというからには、
会津八一の短歌についても、その原理は及ぶべきなのであって、
つまり、会津短歌を語るにあたっては、

  1 短歌であること
  2 文語を用いていること
  3 多くは平仮名だけで記されていること

これらの「固有の様式と離すことが出来ない」わけである。
単語ごとに分かち書きされた歌や、
発表後にそのように改められた歌については、
それも「固有の様式」の第4として数えなければならない。

言い換えれば、

  1' 散文として(韻律を無視して)読めばつまらなくなる
  2' 口語に直してみればつまらなくなる
  3' 漢字を交えてみればつまらなくなる
  4' 一字空けを詰めてみればつまらなくなる

以上の理由をあげつらって、
「故に、会津短歌はつまらないものだ」と断じようとしても、
このような基準は、もとより通用しないのである。

仮に「全くつまらない内容」しか盛り込まれていない歌であっても、
その「つまらない内容」に、会津の手によって、
平仮名表記の文語短歌という表現媒体が与えられた結果、
一個の短歌作品として、どれほどまで立ち上がってきたのか。
古都の風物を多く詠んだ会津にちなんで、仏像の比喩を弄するなら、
一個の短歌作品として、どれほどの後光が指すようになったのか。
作品の成功と不成功を評するための、それが唯一の基準となるのだ。

つまり、「後光に目を眩まされるな」というのではない。
むしろ、「後光になんか騙されるな」という
今どきの原理主義的テロリストを思わせる声にこそ、
私たちは、騙されてしまってはいけないのである。

さて、加藤治郎さんの「岡井マジック」という言葉を模して、
ここで「会津マジック」という新語を披露させていただくなら、
「作品固有の様式」が、一つの「会津マジック」を生み出した例として、
晩年の歌集『寒燈集』(1947年、66歳)から、この歌を挙げてみたい。

  ひとのよにひとなきごとくたかぶれるまづしきわれをまもりこしかも

終戦直前に早逝した、養女きい子(紀伊子)を悼む「山鳩」21首より。
「ひとのよにひとなきごとくたかぶれる」というのは、
漢字の四字熟語で言えば「傍若無人」であり、
世の中が、無数の人間たち(とりわけ俗物ども)で
溢れかえっているというイメージが、
そのアグレッシヴな語感を支える前提となっている。
傍らに人がいない「かのように」振る舞うことができるのは、
実際には、傍らに人がうようよしているからに他ならない。

ところが、なのだ。
「ひとのよにひとなきごとくたかぶれる」と平仮名で綴られてみると、
不思議なことに、そんな感じがしなくなってしまうような気がする。
私が、この上句から想起するヴィジョンは、
むしろ人っ子いない、どこまでも無色透明に広がる空間に、
ただ一人ぽっかりと浮かんだ老年の男が、
敵の姿も、味方の姿も見えない四方八方にうろたえながら、
それでも必死に、涙声を上げて「たかぶれる」有様である。

つまり、あえて平仮名だけで表記することによって、
漢字を交えた場合に比べて、
歌の方向性にまで変化をもたらしたというのが、
私が、この歌に見出そうとする「会津マジック」なのである。

そして、「まづしきわれをまもりこしかも」と、
同じく平仮名だけで描き出された、きい子の献身は、
上句とは一転して、バスタオルで包み込まれるように柔らかい。
これは、もはや言わずもがな。

※続く

# by nazohiko | 2006-11-06 00:45
[PR]
by nazohiko | 2006-11-06 00:45 | ☆旧ブログより論考・批評等

フルヘッヘンド!(速報)

調べてきました!

杉田玄白たちを、日が暮れるまで悩ませた
「フルヘッヘンド」は、"vorheffend"と綴ります。

「そびえ立つ」という意味の、"vorheffen"という動詞があり、
オランダ語では、動詞を形容詞化する時に"-d"を付けるので、
"vorheffen"に"-d"を付けて、"vorheffend"となるわけです。

なるほど、オランダ人にとって、
鼻は顔面に「そびえ立つ」ものだったんですね。
それを「堆(うづたかし)」と訳したところに、
鼻の低い日本人の身体感覚が、巧まずして表れたようです。

そんなことにまで思いの及ぶ、フルヘッヘンド探索記でした。# by nazohiko | 2006-11-05 13:08
[PR]
by nazohiko | 2006-11-05 13:08 | ☆旧ブログより論考・批評等

フルヘッヘンド!

杉田玄白が晩年に著した回想録『蘭学事始』に、
オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』(通称)を和訳して、
『解体新書』を成した時のエピソードが出てくる。

  鼻のところにて、
  フルヘッヘンドせしものなりとあるに至りしに、
  この語わからず。
  これは如何なることにてあるべきと考へ合ひしに、
  如何ともせんやうなし。

オランダ語もろくに分からないまま、
翻訳に乗り出してしまった玄白たちにとって、
頼りになるものは、長崎で入手したという小さな辞書ばかり。

  フルヘッヘンドの釈註に、
  木の枝を断ち去れば、その跡フルヘッヘンドをなし、
  また庭を掃除すれば、
  その塵土聚まりフルヘッヘンドすといふやうに
  読み出だせり。

  これは如何なる意味なるべしと、
  また例の如くこじつけ考へ合ふに、
  弁へかねたり。

ずいぶん回りくどい辞書もあったものだが、
フルヘッヘンド、フルヘッヘンドと呟いているうちに、
かの有名な一瞬が訪れた。

  時に、翁(玄白の自称)思ふに、
  木の枝を断りたる跡
  癒ゆれば堆(うづたか)くなり、
  また掃除して塵土聚まれば、これも堆くなるなり。

  鼻は面中に在りて堆起せるものなれば、
  フルヘッヘンドは堆(うづたかし)といふことなるべし。

  然ればこの語は
  「堆(うづたかし)」と訳しては如何といひければ、
  各々これを聞きて、
  甚だ尤もなり、堆と訳さば正当すべしと決定せり。

  その時の嬉しさは、何にたとへんかたもなく、
  連城の玉をも得し心地せり。
  かくの如きことにて推して訳語を定めり。

以上の話を忘れがたいものにしている、最大の功労者は、
訳語を得て童子のように喜ぶ、玄白の姿でもなければ、
彼が手にしていた、へんてこなオランダ語辞典でもない。
「フルヘッヘンド」という言葉の、むずがゆい響きこそが、
この場面において、絶妙のムードメーカーを務めているのだ。

そして、もう一つ注意するべきは、
そんなにも刻苦勉励して、ようやく訳出できたという内容が、
「鼻は顔から突き出るような形をしている」という、
今さら西洋人に教えてもらうまでもない事柄であったこと (^^;)

ところが、である。
『ターヘル・アナトミア』の、鼻に関する記述には、
「フルヘッヘンド」の語が、なんと見当たらないのだという。
鼻ではなく、乳房についての文章になら、
「フルヘッヘンド」が出てくるのだそうだ。

なぜ乳房が、鼻にすり替わってしまったのかについて、
いろいろと学説や珍説が出されているようだが、
なにはともあれ、
茶筅髷を結った医学者たちが、自分の鼻を撫でまわしながら、
「フルヘッヘンド」の語義について想像を巡らせる姿は、
何にも代えがたいほど魅力的ではないか。

それにしても、「フルヘッヘンド」はどのように綴るのだろう。
ご存知の方に、ぜひ教えを乞いたい。

  ターヘル・アナトミア訳してゐて「愛」の一語に皆でぽやーんとする
                            (題詠マラソン2003より)

# by nazohiko | 2006-11-05 00:47
[PR]
by nazohiko | 2006-11-05 00:47 | ☆旧ブログより論考・批評等

さすらう学人の歌(3)

あれからいろいろ考えてみたけれども、
会津八一の古都詠に「正面突破」をかけることは、
今の私には、やっぱりできそうにない。

  おほてら の まろき はしら の つきかげ を
  つち に ふみ つつ もの を こそ おもへ

  ほほゑみて うつつごころ に ありたたす 
  くだらぼとけ に しく もの ぞ なき

好きになった作品なら、いくらでも挙げられるのだが、
それらを「短歌」そのものとして語ってみようにも、
私が持ち合わせている認知や思考のプログラムでは、
ふさわしい単語や言い回しが、とんと見つからないのである。

さしあたり私にできそうなことは、
人物研究のための「資料」として、会津短歌と向き合ってみることだ。
実を言えば、以前から興味を抱いていたテーマがあって、
それは「さすらう学人の歌」と呼ぶべき、一群の近代短歌である。

いや、正確には、
「旅をした近代の学者」というモノに対する興味と言うべきなのだが、
私がここで問題にしたいのは、
学会発表や正月帰省のために旅行中の学者たちが、
どのような短歌を詠んだかという話ではない。

そうではなくて、
実地調査や現地巡検のために長期の旅をすることが、
自身の研究業務そのものであったような人々が、
如何なる思いを秘めながら、幾つもの旅を遂行していったのか?

例えば会津八一は美術史学者として、奈良を頻繁に訪れていたのだし、
釈迢空という歌人の正体は、民俗学者の折口信夫だったわけだが、
それぞれの道において、一流のプロフェッショナルであった彼らは、
「旅の途上で、しみじみと感じ入ったこと」だとか、
あるいは「研究のため旅する時の、わが心のトキメキやオノノキ」について、
学術論文の中で、うかつに口を滑らせることはなかった。
そこで、彼らが発表した短歌に「覗き窓」を求めて、
「さすらう学人」たちの胸の裡を、
スケッチしてみることはできないかと思いついたのだ。

せっかくの名歌を鑑賞の対象としては扱わない、
このようなアプローチではあるけれども、
いつの日か会津短歌を「正面突破」できるようになるためのヒントに、
意外なところで繋がってゆくかもしれないと、淡く期待してもいる。

※続く

# by nazohiko | 2006-11-04 00:23
[PR]
by nazohiko | 2006-11-04 00:23 | ☆旧ブログより論考・批評等