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オテロの第一声!

シェイクスピアの話とオペラの話に橋を架けて、今晩はヴェルディの歌劇「オテロ」のことを。

シェイクスピアの「オセロウ」によるこのオペラは、暴風雨の中の海戦を終えて、オテロ(オセロウ)率いる船団がキプロス島に凱旋してくる場面から始まります。原作では第2幕に当たる部分ですね。海戦の帰趨や、オテロの安否をハラハラと見守る群衆の合唱が、盛り上がりに盛り上がったところで、帰還を果たしたオテロが第一声を轟かせます。

  Esultate!
  L'orgoglio musulmano
  sepolto è in mar;
  nostra e del ciel è gloria!
  Dopo l'armi lo vinse l'uragano.

  喜びたまへ!
  傲岸なる回教徒ばらは海原の藻屑と消えぬ。
  栄光は我らと我らの神のもとにこそあれ!
  大嵐が我らに加勢し、敵船に追い討ちを与へたり。

これだけ歌い終えるや、長居せずに舞台を去ってしまうので、第一声の輝かしさが、いっそう印象に残るのです。回教徒やトルコ人には親戚のいない私は、歌劇「オテロ」といえばこの部分がとにかく好きで、様々なテノール歌手による"Esultate!"を聞き比べてきました。

どちらかと言えば、ラウリッツ・メルヒオールのように「英雄の体臭」を発散させるような声音と、千両役者にのみ似合う若干わがままなフレージングが、私の求めるオテロ第一声なのですが、そうした中にあって、まるでスタイルが違っていながら、私を捉えて放さないのが、マリオ・デル・モナコの1961年の録音です。管絃楽は、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮するウィーン・フィルハーモニー。

当時「世界最高のオテロ歌い」と称され、「黄金のトランペット」の異名を取っていたデル・モナコですが、このカラヤン盤での歌い出しは、意外なほど淡白というか、幾分「器楽的」に過ぎるというか……。十分に輝かしい「黄金色」の響きであるにも関わらず、いまひとつ「英雄オテロの肉体」が匂い立たないのです。しかし、よく聴いていると、オテロの声を支えるホルンの和音のいつにない力強さと、それが"nostra e del ciel è gloria!"の段から、メキメキとクレッシェンドしてゆくことに気付かされます。そして、最後の"Dopo l'armi lo vinse l'uragano."に至って、ホルンたちの強奏は、あたかも後光のようにオテロを包み込むことにより、何とも神々しい姿の「英雄」を現出させるのです。おお、カラヤン・マジック!

いまどきの言葉を使うなら、

  神キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

の嘆声を捧げるべき風情でありましょう。

それは、天下のデル・モナコに、あえて「ホルンの合奏に溶け入る、一本の管楽器」に徹することを要求したからこそ、成功した芸当です。カラヤンの指揮するオペラは、むしろ「独唱と合唱の付いた交響曲」だと評される一面がありますが、このオテロ第一声などは、「あくまで主役はカラヤン」であるところの音楽世界を、典型的に主張した一齣だと言えるでしょう。

ちなみにこの箇所は、CD販売サイトで「試聴箇所」として公開されていたり、テノール歌手の公式サイトに「私の歌唱のサンプル」としてアップされていることが多いです。"esultate"で音声ファイルを検索すると、結構たくさん出てきますので、ぜひ十人十色のオテロに触れてみて下さい。# by nazohiko | 2006-06-28 00:05
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by nazohiko | 2006-06-28 00:05 | ☆旧ブログより論考・批評等

馬のための私の王国!

"A horse! A horse! My kingdom for a horse!"
(馬をよこせ! 馬をよこせ! 馬の見返りに我が王国をくれてやる!)

シェイクスピアの史劇「リチャード3世」の大詰め近くで、
敗走するリチャード3世が、このように叫びます。
玉座を逐われたリチャードの、これが最後の台詞となり、
続く最終場面では、彼の白兵戦のありさまと、
やがて彼が討ち死にしたことが、私たちに伝えられるのです。

私は、この台詞に初めて触れた時から、
リチャードがとうとう王者として君臨する野望を捨て、
ひたすらに命を惜しんでいるのだとばかり、解釈してきました。
もう天下なんて狙わないから、命だけは持って逃げたい!

後になって、これはむしろnever give up宣言なのだという解釈も
あることを知りました(松岡和子氏の文章に載っていたのだったか?)。
自分に機会さえ与えてくれるならば、王国の1つや2つくらい、
また手に入れてみせるぞ、という風にも読めるわけです。

「どちらか正しい方を選べ」と言われても、
もう片方を排除するに足るだけの決め手となると、見当たりません。
かといって、「この台詞には両方が含まれているのだ」という
単純な折衷案でも片付かないように、今の私には思われます。
もうちょっと複雑な心理の構造を、
読み出そうと思えば、読み出せるような気がするのです。

強いて黒か白か一方を取るなら、 never give upの方でしょうか。
「"王国なんてもの"はくれてやる!」でもなく、
「"あんな"王国などくれてやる」でもなく、
「"我が"王国をくれてやる!」という言葉遣いであることから察するに、
リチャードは「王国というものに君臨すること」自体を放棄したというより、
かつて自分が玉座に就いた、イングランドという具体的な王国に、
あくまでも執着しているのかもしれません。
リチャードにとって、イングランドとは、
一時は手放すことがあろうとも、いずれ自分の手中に帰するべきもの……。

そして、そのような解釈に傾いてみた場合に、
「リチャード3世」と「マクベス」の違いが、鮮やかになってきます。
いずれの主人公も、先王を暗殺して自ら王冠を戴きますが、
やがて、次代の国王となる者に攻め込まれ、討ち死にしてゆきます。
似通った要素を、いくらでも数えられる2つの劇なのですが、
マクベスが「初めから、負けを気にしてばかりの人物」であるのに対し、
リチャードは「最後まで、負けん気で押し通した人物」として、
特徴付けられることになるわけです。

※タイトルは"My kingdom for a horse!"を、自動翻訳にかけたもの (^^)

# by nazohiko | 2006-06-25 08:04
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by nazohiko | 2006-06-25 08:04 | ☆旧ブログより論考・批評等

「文人」とは誰か(1)

 『宋詩概説』に続いて岩波文庫に入った、同じく吉川幸次郎の『元明詩概説』を読み終えました。今度は元朝時代(1276~1368)と明朝時代(1368~1644)の中国詩を扱った1冊です。

 例によって、当該時代の詩人を年代順に紹介することを、主な使命とした著作であり、吉川の文学史観が体系的に語られることはありません。また、論述的というより話題羅列式の筆致であるために、詩人や作風をグルーピングしたり、他の時代と対比したりする場合に、えてしてステロタイプの提示に止まり、掘り下げを欠いてしまうのですが……。このような点への不満感はともかく、私にとって興味深く思われたのは、前著『宋詩概説』には登場しなかった「文人」というキーワードです。

 前著では、唐朝時代(618-907)から宋朝時代(960-1276)への変転が、世襲貴族が君臨していた時代から、エリート官僚が手腕を振るう時代への転換であるという話、そして国政におけるこうした主役交代に伴い、詩作の担い手も入れ替わったために、唐詩と宋詩が内容傾向を異にするのだという話が、見え隠れする主題となっていました。吉川は引き続き『元明詩概説』において、宋朝時代から元朝時代への変転を経て、エリート官僚だけでなく「市民」(農民・工匠・商人の総称らしい)も詩作の担い手として成長し、やがてその中から「文人」が現れたという史観を覗かせています。

 吉川が「文人」と呼ぶのは、「文学を至上とし、芸術を至上として生きる態度」を持ち、それゆえに「芸術家としての特権を主張し、常識にこだわらない」生活を送った「市民」たちのことです。そもそも「文人」という語彙は、元朝時代に出現したこの種の人物を指す言葉として、当時の中国に普及したものだとか。エリート官僚の生み出す詩が、作者の社会的立場や思想的立場(受験科目でもあった儒学の高い学識)を反映して、為政への関心や学殖や哲理を、好んで詠み込んでいたのに対し、「文人」たちの詩風は非政治的・非哲学的であり、むしろ書道・絵画など、他の芸術ジャンルへと関心を広げてゆきました。

 吉川によれば、中国の文明は一貫して、文芸を必須の要素に数えてはきましたが、あくまで哲学や政治の営みと連携する存在、或いはそれらの下に立つ存在であり、文芸が単独で価値を主張することはなかったのです。エリート官僚の時代が本格的に到来する以前から、「詩人は、同時に哲学と政治に対して能力と責任を持つことによって、よりよき詩人である」と強く意識されていました。例えば、宋朝時代前半の代表的な詩人とされる欧陽修・王安石・蘇軾が、詩人である以前に為政者を自認し、儒学者を自負していたことについて、吉川は『宋詩概説』と『元明詩概説』の両方で注意喚起しています。欧陽修や王安石は宰相にまで昇った大官であり、現在では儒学者としての名声が最も高いかもしれません(儒学は、今でいう憲法学や政治学の側面を持ちます)。逆に言えば、社会的立場・思想的立場・文芸観のいずれにおいても「エリート官僚的」ではない詩人が、つまり「文人」ということになるでしょう。

 モンゴル人を中心とする王朝だった元朝にあっては、漢民族が官界から閉め出されがちであったこと、そして明朝にあっては、文化政策として粗剛・粗暴を尊びがちであったことが、多くの人材に「市民」生活を選ばせる結果になり、その成熟が非政治的・非哲学的な詩人たちの出現に繋がったのだという背景説明を含めて、『元明詩概説』は中国近世における「文人」のありようを、一応の情報量で私たちに伝えてくれます。それにしても、現在の日本で「文人趣味」「文人画」「文人短歌」などと言う場合の「文人」とは、言葉の使われ方に違いがあるようですね。

 稿を改めて、吉川の描いた「文人」と日本語の「文人」の違いについて、思いつくところを挙げてみたいと思います。# by nazohiko | 2006-06-18 08:42
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by nazohiko | 2006-06-18 08:42 | ☆旧ブログより論考・批評等

デュシャン的小品

最上川逆白波(イナバウアー)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

# by nazohiko | 2006-06-17 23:19
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by nazohiko | 2006-06-17 23:19 | ☆旧ブログより韻文・訳詩等

あああ!

  噫吁戲 危乎高哉

     あああ 危うきかな高きかな

  蜀道之難 難於上青天

     蜀道の難きは 青天に上るよりも難し

李白の詩「蜀道難(しょくどうなん)」の冒頭です。
かつて「蜀」と呼ばれた中国四川省の高く険しい峠道を、
アドレナリン全開で詠み上げました。

「蜀の国の峠道を登りゆくのは、天空に這い上がるよりも難しい」
という、李白お得意の誇張表現や、
「高さ」を言うのに先回りして「危うさ」をアピールするという、
形容詞の取り合わせの妙もさることながら、
この詩のすごみといえば、何といっても第一声の「噫吁戲」でしょう。

ありきたりの「嗚呼(ああ)」や「於戯(ああ)」ではなくて、
「噫吁戲」と書いて「あああ」と読むしかない、まこと異形な3文字です。

型どおりの「ああ」に1拍が足されて、「あああ」になることによって、
詩人の叫びは、たちまちダムが決壊したように溢れ出すのであり、
それは、あたかも

  ああああああああああああああああああああああああああああ!

或いは

  噫吁戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲戲!

と書いてあるにも等しい、ポテンシャルを帯びるようになるのです。

私がこの詩を知ったのは、岩波刊の「中国詩人選集」に入っていた
武部利男氏の訳注・解説による李白詩集でしたが、
下巻のトップバッターが、この「蜀道難」であっただけに、
「噫吁戲(あああ)」の歎声は、おっかないほどにインパクト抜群でした。# by nazohiko | 2006-06-16 01:18
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by nazohiko | 2006-06-16 01:18 | ☆旧ブログより論考・批評等

音楽薬膳~夢の演奏会プログラム~

第1夜:ソリストたちの夕べ

●アルバン・ベルク:ヴァイオリン協奏曲

  「涼性」の音楽。
  タナトスに傾いた音楽。

●オリヴィエ・メシアン:トゥーランガリラ交響曲

  「温性」の音楽。
  エロスに傾いた音楽。

●(アンコール)モーリス・ラヴェル:ラ・ヴァルス

  「熱性・温性」と「涼性・寒性」のめまぐるしい交替。
  エロスとタナトスの交錯する音楽。

第2夜:合唱の夕べ

●カール・オルフ:カルミナ・ブラーナ

  深層に「寒性」を秘めた「熱性」の音楽。
  タナトスによって裏打ちされつつエロスを謳う。

●黛敏郎:涅槃交響曲

  深層に「熱性」を秘めた「寒性」の音楽。
  エロスによって裏打ちされつつタナトスを謳う。

●(アンコール):ヨハン・セバスティアン・バッハ:G線上のアリア

  お口直しに、絶対の中庸を。

図式的にすぎたかな?

# by nazohiko | 2006-06-15 00:03
(関連記事:http://japondama.exblog.jp/19121118/
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by nazohiko | 2006-06-15 00:03 | ☆旧ブログより韻文・訳詩等

スコットランド交響曲

この時季になると聴きたくなるのが、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」です。実際には、5つある交響曲のうち、最後に仕上がったのだそうですが。

聴いているうちに、涼しくなること受け合い。それも「骨身に沁みる」や「背筋も凍る」といった類の冷気や悪寒ではなくて、「短い夏」と聞いて連想するような、つまり「夏」を薄く裏打ちしたような涼しさです。

スコットランドに赴いたことがないので、メンデルスゾーン自ら訪れたという現地の夏が、どんな夏なのか、どれほど短く感じられるのか、私には何とも言えません。ただ、それが「どこの夏」であるかに関わらず、この交響曲には紛れもなく「短い夏」の空気が満ちており、また「短い夏」を惜しむ人々の姿が見え隠れしていると、聴き返す度に確信するのです。特に、民俗舞曲調の第2楽章が始まるところでは。

メンデルスゾーンは、普遍的な事物として「短い夏」を音楽で表したのだとまで言えば、さすがに言い過ぎかもしれませんが。かつて私が中国の桂林を訪れた時、それまで水墨画家の幻想の産物だと思いこんでいた奇峰や怪岩が、寸分違わず実在することに驚異したことがあります。もしかすると今頃のスコットランドに行けば、メンデルスゾーンが描いたそのままの「夏」に出会えるという可能性を、「スコットランド知らずのスコットランド聴き」である私は否定できません。

さて、ドイツ人がスコットランドを描いたこの交響曲に限らず、北欧をテーマにした楽曲や、北欧の作曲家の手になる楽曲は、聴く者に涼しさを与える性質を持っていることが多いようです(スコットランドが北欧に含まれるのかという、細かい問題はさておくとして)。グリーグの「ペール・ギュント」中の一曲「朝」が、実はサハラ砂漠の朝の風景であることを、いったい幾人が「ペール・ギュント」の物語を知らないまま言い当てられるでしょうか。

ところが、同じくヨーロッパの低温地帯であっても、ロシア人の作る音楽や、ロシアを描いた音楽となると、たとえ寒々とした情景を描いていてすら、むしろ聴き手を腹の底から温めるような楽曲が揃っているように、私には見受けられて、そこが興味深いのです。つまり、北欧文化圏の作曲家とロシア文化圏の作曲家の間には、また作曲家たちの北欧イメージとロシアイメージの間には、いずれも明確な境界線がある……。

「医食同源」を謳う漢方医学では、薬物のみならず食材も「熱性・温性」グループと「涼性・寒性」グループに分け、両グループの食材を組み合わせたメニューを摂るべしと説きます。食べる時の温度や、口に入れた時の味わいで「熱・温」や「涼・寒」が決まるのではなく、消化された後で身体の「火を上げる」性質を持っているか、逆に「火を降す」性質であるかを基準にした分け方です。例えば「熱性」の食品を摂りすぎると、「火気の過剰」で表象されるような心身不調(発熱・吹出物・昂奮など)を呼び起こすのだと言われ、そしてこうした症状は、「涼性」や「寒性」の食品や薬剤を摂ることによって、治療できるという理屈になります。

この言葉遣いを借用するなら、メンデルスゾーンのスコットランド交響曲や、グリーグの「ペール・ギュント」などは、さしずめ「涼性」の食材、ムソルグスキーやリムスキー=コルサコフの作品などは、「熱性」の食材ということになるでしょう。ストレスや不安などに効くという「音楽療法」が、近年では流行していますが、漢方医学になぞらえた「音楽避暑」や「音楽懐炉」をも、各曲の効能分析を、経験的に、直感的に、しかし精緻に進めた上で、流行の列に加えてみては如何ですか。そのうち、「熱・温・涼・寒を巧みに取り合わせたプログラム作りが、東洋人の指揮者ならではの魅力だ」とか言われるようになるかもしれませんよ。# by nazohiko | 2006-06-13 07:46
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by nazohiko | 2006-06-13 07:46 | ☆旧ブログより論考・批評等

前奏曲とドン・ジョヴァンニの死

昨日の拙文は、実は以下の文章を書こうとしていたら、前置きが長くなってしまったものです。

==============================

ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」は、幕間の休憩を抜いても約4時間を要する大作です。その前奏曲と、イゾルデ姫の独唱によるラストシーン「愛の死(Isoldes Liebestod)」を繋げ、合計15分余りの組曲「前奏曲と愛の死」としてコンサートで演奏するという慣例は、後にワーグナーの岳父となったリストが作ったのだそうです。

所謂「憧憬のモティーフ」によって前奏曲は始まり、同じモティーフによって「愛の死」が閉じられるという、首尾一貫ぶり。また、前奏曲が最弱音に終わるのを承けて、おもむろに「愛の死」が歌い起こされるという接続ぶりは、2つの曲があたかも当初から一体を成していたかのようです。

なおかつ、比較的「息」の短い楽句によって、次々に「問いかけ」を繰り出してゆくような前奏曲に対し、豊麗なソプラノ独唱によって、奔流のように「解決」が示される「愛の死」です(このオペラのラストシーンを、真正な「解決」だと見なすことについて、私は幾分懐疑的ですが)。器楽的な造りの前奏曲に対して、声楽的な造りの「愛の死」、という対照もできるでしょう。

このように両面から「前奏曲と愛の死」を見てみると、YMOのアルバム「テクノデリック」の末尾に収められた一続きの楽曲「プロローグ」と「エピローグ」を、ふと思い出したりもするのですが、それはともかく、この「前奏曲と愛の死」方式を、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」にも応用してはどうかと、私はかねがね考えてきました。

「ドン・ジョヴァンニ」の序曲は、オペラの現行版では最終場面のひとつ手前に当たる、ドン・ジョヴァンニの地獄落ちシーンから取った、ニ短調のおどろおどろしい序奏に始まります。やがて、ニ長調を中心とする急速な主部にバトンタッチしますが、この主部がソナタ形式を践んで「提示部→展開部→再現部」と進んでゆき、いよいよ終結部の盛り上がりに向かってゆくように見えた途端、たちまち音楽は萎えてしまい、ヘ長調の属和音の弱奏という、3重の意味で中途半端に終止します。

序曲がこのような形で、いわば途切れてしまうのは、引き続き第1幕の音楽が、他ならぬヘ長調の弱奏でスタートするからで、つまりオペラ全体の中に埋め込んだ場合には、序曲の構成を納得できないわけでもありません。しかし、モーツァルトのオーケストラ曲のうちでも、この「ドン・ジョヴァンニ序曲」は屈指の名作だと思います。オペラ鑑賞の際に聴くだけでなく、ぜひ単独でも楽しみたいものですが、そのまま演奏したり、全曲盤から序曲だけ取り出して聴いたりするのでは、何とも冴えないことになってしまいます。コンサートで演奏するために、モーツァルト自身や同時代の無名氏が、古典派の約束事通りニ長調で盛大に締めくくる終結部を書き足したこともありますが、あいにくいずれも空疎な音楽ばかりで(モーツァルトらしくもない失策)、そのせいか「ドン・ジョヴァンニ序曲」が単独演奏される機会は、同等の傑作である「フィガロの結婚」や「魔笛」の序曲に比べて、これまで明らかに少なかったような印象です。

要するに、主部に劣らないほど充実した終結部をあてがってやることができれば、「ドン・ジョヴァンニ序曲」は天下晴れて「自立した名曲」になり得るというわけですが、そこで私は「前奏曲と愛の死」方式を提案するのです。あれよあれよと萎えてゆく本来の終結部に代え、オペラ全篇を閉じるオーケストラ後奏を、そこに填め込むことによって、序曲を大音量で締めくくる。このようにすれば、モーツァルト渾身の「ドン・ジョヴァンニ序曲」を十分に受け止める終結部が、モーツァルト自身の筆によって得られるというものです。

それでは、オーケストラによる後奏をオペラの掉尾から剥がしてきて、序曲の終結部として用いるという場合に、然るべき「オペラの掉尾」とは一体何処になるのでしょうか。歌劇「ドン・ジョヴァンニ」には、掉尾と呼び得る箇所が2つあるのです。

ひとつは、現行版のラストシーンであり、ドン・ジョヴァンニの地獄落ちを知った登場人物たちが、各々今後の身の振り方を考えた上で、闊達なニ長調で「悪人には報いが下るのだ、下るのだ」と声を揃えます。これに続く13小節の後奏を使ってもよいでしょうし、オーケストラ総員で強奏される、最後の最後の5小節だけを使ってもよいでしょう。もうひとつの掉尾は、先にも触れましたが、そのひとつ手前です。ドン・ジョヴァンニが生きながら地獄に落とされるシーンであり、オペラの筋としてはここで完結しているとも言えますし、実際にモーツァルトは、この場面をラストシーンとして「ドン・ジョヴァンニ」上演を試みたことがあります。ここに「掉尾」を求めるのであれば、やはりクレッシェンドを経てフォルテに達する、緊迫した5小節の後奏があり、序曲の終結部として借用するにも、繋がり具合に申し分がなさそうです。どちらを選ぶのが、より適当でしょうか。

「地獄落ちの場」から取った序奏に始まる「ドン・ジョヴァンニ序曲」ですから、同じ場面の音楽で締めくくる方が、楽曲のまとまりという点では優れているかもしれません。しかし、冒頭と終結がまるで同質の音楽、それも厳粛で高圧的な調べであるがゆえに、却って「まとまり過ぎ」に陥り、聴後感が窮屈になってしまうきらいがあります。このマイナス面の方がむしろ重いように、私には思われます。

現行版ラストシーンのオーケストラ後奏を、序曲の終結部として用いれば、「慄然とした序奏(抑圧的)→快楽的な主部(開放的)→歓呼する終結部(より開放的)」というプログラムになり、首尾一貫度という点では後退します。しかし、序奏と主部の間で「抑圧から開放へ」の転換を経験してしまっている以上、開放的性格の強い終結部に流れ込んでゆく方が、楽曲の「広がり」という点では、むしろ優れるでしょう。

なおかつ、現在の私たちにとって、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のラストシーンとして慣れ親しんでいるものは、「地獄落ちの場」ではなく、まさにここなのです。現行版ラストシーンのオーケストラ後奏が、序曲の締めくくりとして借用されていてこそ、楽劇「トリスタンとイゾルデ」の抜粋として「前奏曲と愛の死」を聴き終わった時と同じように、私たちは歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の全篇を再び見届けたかのような満足感を、擬似的ながら味わうことができるというものでしょう。故に、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」をよく知る人に対しても、そうでない人に対しても、これがベターな選択であろうと言えることになります。

如何なものでしょうか。# by nazohiko | 2006-06-11 08:32
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by nazohiko | 2006-06-11 08:32 | ☆旧ブログより論考・批評等

短詩形の文芸についての「書きやすさ」

和歌・俳諧・漢詩といった短い文芸作品について、思いついたこと、思い至ったこと、思い出したことを「ジャポン玉」に綴ってみる場合と、小説やクラシック音楽について草してみる場合では、或る意味での「書きやすさ」に違いを感じるものです。

和歌の内でも長歌、漢詩の内でも古詩体の作品には、幾らか長いものがあるとはいえ、白居易の「長恨歌」でもせいぜい840字(句末にテンマルを付けても980字分)ですから、いま話題にしている作品を、拙文の中で全文紹介することが容易です。ゆえに、短詩形の文芸について何事かを書こうという場合には、例えば「万葉集の巻15に集められた遣新羅使たちの歌」とだけ言及しても「うん、あれだったら暗誦できるネ」と頷いて下さる方から、和歌というものには初めて触れるという方にまで、そうした意味では全く安心して進上することができます。

一方で、小説のように全文引用がほとんど不可能な文芸作品や、まして音楽作品について随筆や論考を試みる場合には、拙文の中で全貌を紹介することを諦めなくてはなりません。

ネット上に文章を発表するのであれば、話題にしたい小説や音楽が、HTMLファイルやMP3ファイルとして公開されている所へのリンクを附す、という手段もあるにはありますが、クラシック音楽など結構な長さを持っていますから、「先にこの小説に目を通しておいて下さい」「予めこの楽曲を耳にしておいて下さい」と注記しても、皆さんが受け入れて下さるとは期待できません。仮にそのようなお願いが通用したとしても、長篇小説や長大な交響曲を一読一聴しただけで、自分なりに全体像を掴んでしまえるという方は、かなり少なさそうです(和歌や俳諧の読解も、決してお手軽にはできないことですが)。「さあ今から、先程お聴かせした変奏曲について語らせていただきます」と私が言い出したところで、どれほどの人数に腰を下ろしてもらえるでしょうか。

いや、拙文の中で話題にする音楽作品のことを、隅から隅まで知り尽くしているヨという方を、読者にお迎えした場合ですら、必ずしも「書きにくさ」はゼロにならないと思います。

この上ないほど人口に膾炙した小説、例えば森鴎外の『舞姫』に言及する場合ならば、要所要所を引用しながら、文を進めてゆけば済むことです。『舞姫』という作品に関する読者各位の記憶や思い入れを、引用された鴎外の言葉そのものが十全に刺激してくれますから。

しかし、如何によく知られていようとも、音楽作品を扱おうという場合には、そうもゆきません。かつて耽読した音楽之友社の『名曲解説全集』でもない限り、ハイパーリンク全盛の今日とはいえ、楽曲を構成する1つ1つのメロディをMP3にして、拙文の中にばらまくのは、避けておきたいからです。リマインダーとしての引用という形で、小説を途中から読まされて、途中で読み止めさせられることに抵抗はありませんが、音楽を途中から聴かされて、途中で止められることには抵抗があります。ですから、拙文そのものを刺激材料として、音楽作品を鮮明に思い起こしてもらえるよう、努めなくてはなりません。拙文そのものが、ハイパーリンクを兼ねていなければならないということです。

私は塚本邦雄氏を、音楽作品の談じ手としても愛繙するのですが、私が聴いたことのない楽曲について語られていながら、ついぞ疎外感を与えられることがなく、むしろ塚本の「演奏」を通じて、その曲を聴かされたと錯覚するような、満足感や昂揚感を得ることが多々あります。音楽学者の前田昭雄氏も、その意味で「読みやすい」文章を書く人だと思います。

但し、塚本氏や前田氏のそうした技倆は、さすがに卓越したものではありますが、私がここでいう「書きにくさ」の問題を、必ずしも正面からクリアしてしまえるものではありません。むしろ、塚本氏や前田氏が言葉で語ったことだけに拠って、ダミアのシャンソンやシューマンの交響曲について「鮮やかな」イメージを抱き、CDや演奏会で実聴してみようと思わないような読者が蔓延してしまうとすれば、とても由々しいことです。# by nazohiko | 2006-06-10 00:39
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by nazohiko | 2006-06-10 00:39 | ☆旧ブログより論考・批評等

ぬかみそつぼ

・秋の色ぬかみそつぼもなかりけり   芭蕉

「庵に懸けむとて、句空が描かせける兼好の絵に」と題されている。兼好は、言うまでもなく『徒然草』の筆者であり、国文学者の島内裕子氏によれば、この句は『徒然草』第98段の

・後世を思はん者は、糂汰瓶(じんだがめ)一つも持つまじきことなり。

を踏まえているという。また、それぞれ寂蓮と藤原定家の歌

・寂しさはその色としもなかりけり槇立つ山の秋の夕暮れ
・見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

も視野に入っているという。首肯するべきであろう。

塚本邦雄が「花も紅葉も」の歌について、繰り返し繰り返し語ったように、「なかりけり」と否定されるがゆえにこそ、赤々とした花や葉の幻が、却って鮮烈に浮かび上がることになる。

まして「ぬかみそつぼ」が「なかりけり」だというのである。「なかりけり」と宣告されることによって、「ぬかみそ」の臭気はいよいよ壮んとなり、幻の発酵臭は草庵いっぱいに瀰漫するだろう。

「ぬかみそつぼ」の質感、湿り気を帯びた重量感についても同様だ。なおかつ、ご丁寧にも「ぬかみそもなかりけり」ではなく「ぬかみそつぼもなかりけり」と運筆されたおかげで、「ぬかみそ」の質感・重量感と「つぼ」の質感・重量感が、二段重ねになって私たちに迫ってくるのである。まさか「ぬかみそつぼ」が、「ぬかみそを入れるために作られたが、今のところ空っぽの壺」を指しているわけではなかろうから。

私たちは所謂「五感」のうち、およそ8割を視覚に依存していると聞かされたことがある。「8割」が何に対する割合なのか、そもそも誰が言い出した説なのか、さっぱり分からないけれども、大ざっぱな印象としてなら、とりあえず納得できなくはない。だからこそ、若き日の定家が「なかりけり」のレトリックを試すにあたり、「花も紅葉もなかりけり」と視覚に訴えたのも、順当なことだったと言えよう。

しかし、私たちの依存度が低いとされる嗅覚や触覚に訴えていながら、この芭蕉の句は、定家の歌に勝るとも劣らないほど「なかりけり」の逆説的効果を誇ってはいないか。

快い香気や感触であるとは言い難い「ぬかみそ」を持ち出してきたから、そうなり得たのかもしれないし、或いは「花」と「紅葉」が並列関係に止まるのに対して、「ぬかみそ」と「つぼ」は重層関係を組んでいるという違いに助けられているのかもしれない。ただ、とにもかくにも、もし「花も紅葉もなかりけり」と「ぬかみそつぼもなかりけり」を読み比べた場合で、それぞれ脳細胞の興奮具合でも測定することができたならば、「ぬかみそつぼ」は「花と紅葉」以上にメーターを揺らすかもしれないと思うのである。

さて、冒頭の「秋の色」というのが具体的に何色なのか、或いは何物の色なのか、具体的には示されていないが、「ぬかみそ」や「ぬかみそつぼ」の色合い(壺はブラウン系か白色か?)だけでなく、「ぬかみそ」の臭気や「ぬかみそつぼ」の質感や重量感まで、あたかも「秋の色」という語の中に吸い込まれてゆくかのように、この句では感ぜられる。「秋」という空間感と、「ぬかみそつぼ」の臭気・質感・重量感は、奇しくも「色」という共感覚のチャンネルにおいて、絶妙に繋がってしまい、そのまま前者が後者を呑み込んでしまうということである。

言い換えれば、「ぬかみそつぼもなかりけり」の鋭敏なレトリックを、柔和な表情で受け止めながら、一句の作品世界を完結に導くもの(母性のような、と表現したら叱られるかな?)として、一見ぶっきらぼうに置かれた言葉「秋の色」は機能しているようだ。このあたりにも、定家の歌とはちょっと違った魅力が備わっている。

# by nazohiko | 2006-06-08 09:12
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by nazohiko | 2006-06-08 09:12 | ☆旧ブログより論考・批評等