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水葬物語 in Es-dur

私は絶対音感がイマイチなので、1つ1つの調性そのものに対して個性を認めているのか、それぞれの調性で作られた名曲が持つムードを、調性自体の個性と勘違いしているだけなのか、定かではありません。

ただ、いずれにせよ変ホ長調(Es-dur)の楽曲に、私は典雅な灰青色を連想することが多く、またどれほどの強奏であっても、奥深くに静謐さをたたえているように感ぜられます。

そんな私が、文字で書かれた作品を目にする時、同様に灰青色と深奥の静謐さを覚える例として、塚本邦雄の第1歌集『水葬物語』があります。そしてそれ故に、『水葬物語』をめくっているうち、変ホ長調の和音を幻聴することが多々あります。『水葬物語』以外では、ホメロスの『オデュッセイア』も、脳裡に変ホ長調を呼び起こします。

『水葬物語』も『オデュッセイア』も水に関係ある内容ですし、シューマンの第3交響曲「ライン」など、水にまつわる変ホ長調の楽曲も幾つかあります。灰青色も静謐も、やはり水のイメージに親和するものですから、こういった繋がりで『水葬物語』や『オデュッセイア』に、「水の調性」としての変ホ長調を想起するという部分もあるかもしれません。

・日本語が禁じられたら『つきかげ』を弦楽四重奏でつぶやく

という歌を作ったことがありますが、それでは斎藤茂吉の遺作歌集を、いざとなったら何調の譜面に「編曲」してやるべきでしょうか。思うに『白き山』までの歌集とは異なり、最晩年の『つきかげ』だけは、複調や無調の音楽とこそ、よく通じ合うような気がします。

・税務署へ届けに行かむ道すがら馬に逢ひたりあゝ馬のかほ
                            (斎藤茂吉『つきかげ』)

# by nazohiko | 2006-05-10 07:22
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by nazohiko | 2006-05-10 07:22 | ☆旧ブログより論考・批評等

ひよこたま

・むらあやてこもひよこたま
・きつかさやよせさにしさひもお

中世歌謡のアンソロジー『閑吟集』に出てくる、
さかさまに読まないと、なんのことやら分からない歌です。
それぞれ「また今宵も来でやあらむ」と
「思ひ差しに差せよや盃」を、さかさ言葉で隠してあります。

塚本邦雄の絶唱「花曜」の中に、
エピグラム風に引用されているのを、ごらんになった方も多いでしょう。
私も、そこから『閑吟集』の歌謡と出会いました。
(塚本は濁点をつけた形で引用しましたが、蛇足だったと思います)

愛怨の呪文のように響く「むらあやてこもひよこたま」と、
乾いた弦楽器の弾奏のような「きつかさやよせさにしさひもお」に続く、
第3の傑作をものしてみようと、試みはじめて幾年になりますが、
さっぱりうまくゆきません (^^)

・へともがりたみていさぎふあひ(檜扇裂いて三人が許へ)

即興で作ってみましたが、ヘリウムガスが抜けてゆくような音韻ですネ。

・たらさるたんたんさつまきつさ(皐月待つ惨憺たるサラダ)

はしゃきすぎです……。# by nazohiko | 2006-05-06 07:27
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by nazohiko | 2006-05-06 07:27 | ☆旧ブログより随想・雑記等

「春を忘るな」と「春な忘れそ」

・東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな
・東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ

菅原道真が太宰府へ逐われてゆくときに、詠んだという歌です。ここ数日は暑くて、ついさっきまで春だったことを忘れそうですね。今晩はそんなよしみで、この歌のことを話題にしてみようと思います。

上に掲げたように、この歌には結句の異なる2つのヴァージョンがあります。いずれにせよ、結句では「春を忘れてはならない」と呼びかけているのですが、前者は『拾遺和歌集』を現存最古の掲載例とする形で、後者は『大鏡』を現存最古の掲載例とする形です。

あなたは「春を忘るな」と「春な忘れそ」の、どちらがお好きですか。文学史家の研究によれば、「春を忘るな」が道真オリジナル(に近い)そうですが、どちらが「正しいか」という史学的あるいは神学的(天神様のオコトバですから)な問題はさておき、私は一介の和歌読者として「春を忘るな」のほうが好きです。

「忘れる」を先回りするかのように「な」を置き、「な」と呼応する「そ」で動詞を挟み込んだ「春な忘れそ」。禁止の語気が「春を忘るな」よりも徹底しているように感ぜられる分、秀でた結句だという声もあります。しかし、私はまさにその理由によって、「春な忘れそ」は一段つまらないと思うのです。

「な~そ」の構文を例外として、日本語では否定語を動詞の後ろに置きますね。「最後まで聞かないと、肯定文か否定文か分からない日本語」として、しばしば揶揄される点でもありますが、日本語のこうした特徴は、或るレトリックに訴えるときにプラスに働きます。

それは、緩叙法です。緩叙法にもいくつかの分類がありますが、「述語の末尾に否定語を置く」という日本語が力を発揮するのは、「Aではない」と述べることによって、却って「Aだ」というメッセージを匂わせるレトリックです。最も典型的なのは、「嘘ではないのだが」と言い収めることによって、「とはいえ本当だとも断言できない」という心持が、同時に伝わるというものです。

道真の歌に戻りますと、私は「春を忘るな」に緩叙法を見出します。この結句からは、額面通りの「春を忘れてはならない」という禁止命令の背後に、「春を忘れてしまう」梅の木の姿や、梅の木が「春を忘れてしまう」かもしれないという道真の嘆きまでが、透けて見えてくるようです。

「春な忘れそ」という禁止命令には、額面価値以上の深みがありません。道真は、梅の木が命令通りに「春を忘れない」だろうと高をくくっているか、さもなくば梅の木の行末を、本気で案じてはいないような語感です。功成り名遂げて大往生する人の辞世歌ではなく、心残りと無念に満ちて左遷されてゆく道真の述懐なのですから、心の揺らぎを湛えた「春を忘るな」こそ結句であってほしいと、私は思う次第です。 # by nazohiko | 2006-05-06 00:18
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by nazohiko | 2006-05-06 00:18 | ☆旧ブログより論考・批評等

ロミオかロメオか、それが問題だ。

「春の高校バレー」(volley)と
「びわ湖バレイ」と(valley)
「ボリショイ・バレエ」(ballet)が
別物であることをアピールするために、
外来語のカナ遣いとして変則的な
「バレイ」や「バレエ」を使うのは、わかる。

しかし、同じ物語の名前が、
演劇や映画のタイトルとしては、一般に
「ロミオとジュリエット」と書かれるのに、
クラシック音楽の題名になると、たいてい
「ロメオとジュリエット」と呼ばれるのは、なぜなんだ?

Romeoを英語読みすればロミオ、イタリア語読みならロメオ。

イギリス人のシェイクスピアが有名にした物語だから、
片や、ロミオと読まれるのだろう。

クラシック音楽の世界では、イタリア語が幅をきかせているし、
そもそもイタリアを舞台にした物語なんだから、
片や、ロメオと読まれるのだろう。

でも、その場合にはジュリエット(Juliet)だって、
イタリア式に、ジュリエッタ(Giulietta)になるはずなんだが。 # by nazohiko | 2006-05-05 19:04
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by nazohiko | 2006-05-05 19:04 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(6)

「トゥーランドット」の舞台となった北京(Pekino)の宮殿を、現実に存在する北京(Beijing)の紫禁城と、どこまで重ね合わせてよいのやら。「蝶々夫人」の国に住む私たちは、そういう話に免疫機能を働かせることに慣れていますが、近年の北京(Beijing)では、かつて「ブルジョワ的」だと言って禁圧された「トゥーランドット」を、映画監督の張藝謀(チャン・イーモウ)の演出により、紫禁城で上演するというイヴェントが行われました。ちなみに紫禁城を「故宮博物院」という卑俗な名前で呼ぶのは、私の好みに合いません。

その模様は、DVDにもなっていますが、紫禁城で「トゥーランドット」の公演を観るにせよ、「トゥーランドット」を聴きながら紫禁城を漫歩するにせよ、やっぱり相性が良くないなぁというのが、私の感触です。「蝶々夫人」を聴きながら長崎を巡る方が、まだ違和感が少ないように思います。長崎の多重国籍的で無国籍的な雰囲気の中でなら、「蝶々夫人」が奏でるオカシナニッポンにも、それなりに落ちつき処があるのですが、「中華文化の正統」を骨の髄まで自認するが如き紫禁城は、さすがに「トゥーランドット」を受け付けてくれません。

古蹟に遊ぶ時、私はたびたび音楽を聴きながら歩きます。こうすることによって、観光客の喧声や物音がシャットアウトされ、ひいては眼前から現代人の影がことごとく消えてしまうように感ぜられるからです。いつもひどく混雑しているらしい紫禁城を訪れた折にも、その空間から滲み出ているであろう王朝時代の荘重に浸ろうと思い、いくつかの音楽を携行していったのですが、宮殿の建築を目の当たりにして「トゥーランドット」を聴く気にはなれませんでした。

その代わり、皇帝の玉座を覗き込んだりしながら聴き惚れていたのが、坂本龍一の作曲した「ラスト・エンペラー」の映画音楽でした。これも所詮は「トゥーランドット」と同じく、西洋音楽の手法によって「外国人の想像する中国王朝」を現したものですが、しかしさすがに東洋人の作品だからなのか、或いは坂本個人の力量が優れているのか、紫禁城のいわば「木質の陰鬱」を、ズバリ言い当てるような楽曲になっています。逆に言えば、そうした陰影が、紫禁城の1つの本質であることを、坂本の音楽が教えてくれるかのようで、私は違和感ゼロと言ってよい状態のまま、イヤフォンから耳に入ってくる「管絃楽+胡弓」の節奏に乗って、殿舎のまわりを飽かずにそぞろ歩いていました。

(つづく?)

# by nazohiko | 2006-05-04 01:35
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by nazohiko | 2006-05-04 01:35 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(5)

アルファーノは、プッチーニの未熟な弟子だったのではなく、既に一家を成すオペラ・メーカーでした。インドに題材を取った歌劇「シャクンタラ姫」を作った経験もあり、オリエンタル趣味な「トゥーランドット」に補筆するには、十分な力量を備えていたと言えるでしょう。しかし、アルファーノの作曲した部分を、トスカニーニがあえて大幅カットした理由は、アルファーノが下手糞だったからではなく、むしろ彼が「一家を成すほどの作曲家」だったことに求められたのです。トスカニーニがカットしたのは、主に「個性が見えすぎる」と判断した箇所だったと伝えられます。プッチーニとアルファーノの音楽語法の違いについて、私は直感的にしか把握する力がありませんが、なるほど本来のアルファーノ版は、現行版よりも魅力的ですが、それだけに「別人による補作」というイメージを拭いがたいようです。

このことからは、アルファーノの譜面のうち、トスカニーニが留め置いた部分は、まさに旋律の印象が薄い(アルファーノの刻印が淡い)からこそ留め置かれたのだろうとも推測できるでしょう。なおかつ現行版の第3幕後半は、とにかく賑やかな音楽で埋められています。音楽の品質や流れは犠牲にしてでも、アルファーノの個性が表に出てしまうことを避け、少々あっけなくても浅薄でも構わないから、派手にチャンチャンとまとめてしまおうと、トスカニーニは目論んだというわけです。

話がモーツァルトの「レクイエム」に戻りますが、現在「レクイエム」が多種多様な補作版で演奏されているのと異なり、「トゥーランドット」はまだまだ現行版が圧倒的に支持されているようです。このことを考え合わせても、現行版は現行版で1つの見識なのだろうと思うところではあります。ジュスマイヤー補筆の「レクイエム」も、モーツァルトの絶筆となった第8曲「涙の日」を、取って付けたような和音2つで締めくくっており、物足りない感じを誘われるのですが、かといってフーガを付け足した現代の補作版を聴くと、あくまでモーツァルトの旋律に基づいたフーガだそうですが、今度は楽曲が偽物臭さを帯びてしまいます。「トゥーランドット」についても、トスカニーニはそれを危惧したのでしょう。

(つづく?)

# by nazohiko | 2006-05-04 01:12
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by nazohiko | 2006-05-04 01:12 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(4)

1924年にプッチーニが没した時点で、歌劇「トゥーランドット」は、第3幕のひとつのクライマックスとなる、リューの自刃の場面までは決定稿が出来ていました。ここは、物語の大団円まで「もうひといき」という位置ですが、引き続くべき「カラフによるトゥーランドットへの求愛」の場と、舞台装置を替えて突入するラストシーンについて、プッチーニは指示や下書きを、潤沢には残しておかなかったようです。そこで、初演を指揮することになったトスカニーニは、アルファーノという作曲家に、第3幕の後半を補ってくれるよう依頼し、翌々1926年に「トゥーランドット」はミラノのスカラ座で初演されたのです。

私は、このようにして成立した現行版「トゥーランドット」の音楽を聴く度に、アルファーノ担当部分に不満を覚えてきました。歌唱・管絃楽ともに金属的な絶叫調が多く、印象に残るような旋律は見当たらず、なおかつ音楽の流れが、各所でぶつ切れになっているように察せられたのです。モーツァルトの「レクイエム」を仕上げたジュスマイヤーが、明らかにそうであったように、アルファーノも水準以下の作曲家だったのではないかと、これまでは勝手に想像していましたが、近年では書籍やCDを通じて、実はトスカニーニがアルファーノ担当部分(対応する箇所の台本も)を大幅にカットしていたことや、カットされる以前の姿を知ることが、私にもできるようになりました。

現行版のラストシーンは、わざわざ舞台装置を替え、老皇帝や廷臣の大合唱まで引っぱり出しておきながら、僅か20小節あまりで終わってしまいます。トゥーランドット姫はたった1箇所しか歌いませんし、カラフや皇帝に至っては一言も発しません。気がついてみれば、かなり奇妙な作りになっているのですが、本来のアルファーノ版では、トゥーランドット姫が父帝に「この異邦人の名前は、愛です!」と告げた直後に、トゥーランドットとカラフが「永遠の愛!」と高唱して、両主役が最後の大見得を切るなど、充実した祝典の場が展開してゆきます。他の箇所についても、現行版との違いは推して知るべし……。

(つづく)

# by nazohiko | 2006-05-04 01:10
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by nazohiko | 2006-05-04 01:10 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(3)

捉え方が変わる契機になったのは、最近になってカラヤン指揮のCD(1982録音)を聴いたことでした。「三大テノール」の次兄ドミンゴがカラフ役を歌う「誰も寝てはならぬ」の中程、件の女声合唱が聞こえてくる所で、カラヤンはぐっとテンポを落としたのです。明らかに「この合唱は、添え物ではない」とアピールするようであり、耽美的な合唱の声音は、むしろ物語がカタストロフィに終わることや、その結果としての死を待ち望んでいるようですらありました。

私は、今ではこのように解釈しています。「われらには死あるのみ」の女声合唱も、カラフの内なる声に他ならない、と。命を賭けた大博打に、我と我が身を飛び込ませたカラフは、口では自信満々なことを言っていますが、たとえどれほど神話的な英雄であっても、「賭けの敗残者となって死を迎える」という結果もあり得ることを、意識していないはずがありません。それが女性たちの嘆声として、カラフの耳に響いてくるのです。

いや、あくまで「必ず勝利するのだ」という意欲と自信の側に重心を保っていながらも、一世一代のギャンブラーとして、カラフの心のどこかに、「敗残、そして死」という結末に憧れる部分があるのではないでしょうか。そのように「甘美な破局」へ半身を乗り出すような心持を、音楽で描こうとしたからこそ、プッチーニは「2番のサビ」の前半に女声合唱をあてたのだろうと、私は想像するのです。

同じ「レ・ミ・ファ#・ミ・レ・ミ・ド#・シ」云々のサビ旋律が、「1番」では勝利を夢みる歌となり、「2番」では(前半の数小節だけですが)死を夢みる歌になる……何と深遠な作曲術でしょう。そして、ひとときは死の花園へ誘惑されかけた視線を、自ら叱咤激励して「必ず勝利するのだ」の側に引き戻すかのように、カラフは再び「夜よ失せてしまえ、星よ沈んでしまえ」と歌い始めます。宮中の寝室にたたずんでいるであろうトゥーランドット姫に向かって呼びかけているだけでなく、あれはカラフ自身にも言い聞かせている言葉なのだ、と受け止めるがゆえに、アリアを締めくくる「私は勝利するのだ、勝利するのだ、勝利するのだ!」の高唱は、私に重厚な力強さを味わわせてくれるのです。

(つづく?)

# by nazohiko | 2006-05-04 00:50
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by nazohiko | 2006-05-04 00:50 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(2)

それは、歌謡曲の言葉でいうなら「2番のサビ」に入るところ。レ・ミ・ファ#・ミ・レ・ミ・ド#・シ……と、うねるような旋律に乗って、「1番」では自信たっぷりに「だがね、こちらは秘密を握っているのだ。私の名前を知る者など、この異郷には誰もいない」と歌われた箇所が、この「2番」では、舞台裏から聞こえる女声合唱に委ねられるのです。

この合唱が女官たちを表すのか、北京の民衆なのか、台本にはっきり示されていませんが、ともかくも合唱の歌詞は「あやつの名前を誰も知らないなら、われらには、ああ、死あるのみ、死あるのみ!」というもの。彼女たちが震えるように歌う「サビの前半」を打ち消すように、再びカラフが「夜よ失せてしまえ、星よ沈んでしまえ。夜が明ければ、私が勝利するのだ!」と高音で入ってきて、やがてダメ押しの言葉「勝利するのだ!」を3度繰り返すのですが……。輝かしいサビの旋律に、前半の数小節だけとはいえ、どうしてこんなに「後ろ向き」な合唱を乗せたのだろうと、私はかねがね不満を覚えていたのです。

カラフ役のテノール歌手を休ませるためだと説明されても、カラフの強気を浮き彫りにするために、このような合唱を挿入したのだと説明されても、私は半分しか納得することができませんでした。休み時間にせよ「われらには死あるのみ」の吐息にせよ、サビとは別に設けてもよかったはずで、せっかくのサビを犠牲にしなくても済んだではないか、と。

(つづく)

# by nazohiko | 2006-05-04 00:49
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by nazohiko | 2006-05-04 00:49 | ☆旧ブログより論考・批評等

トゥーランドット(1)

「三大テノール」ブームとトリノ五輪をきっかけに、いよいよ人口に膾炙しつつあるオペラ・アリアがあります。プッチーニ最後の作品となった、歌劇『トゥーランドット』(1926初演)の第3幕で歌われる「誰も寝てはならぬ」です。

シルクロードのどこかから、いつとも知れぬ時代の北京にやってきた、流浪の王子カラフ。彼は「トゥーランドット姫の出す、3つの謎々を解けた者は、姫を娶ることができる」という布告を聞いて、素性を隠したまま一世一代の賭けに出ます。

老皇帝やトゥーランドット姫や廷臣たちの居並ぶ前で、彼は謎々を次々に解いてゆきますが、それでも姫が結婚をイマイチ渋るので、今度は自分の方から「明日の朝までに私の正体を明かせたら、私は首を差し出すが、刻限までに正体を見破れなければ、いよいよ妻になってもらう」と吹っかけるのでした。

ここまでが第1幕と第2幕の内容です。第3幕は、北京じゅうの吏員たちが「誰も寝てはならぬ!」と告げながら、カラフの素性について聞き込みに歩いている場面から始まります。夜明け近い宮殿の庭にたたずんで、街から聞こえてくる声に悠然と耳を傾けるカラフ。彼はやがて歌い出します。

「誰も寝てはならぬ」か……。姫よあなたも、今晩は眠らずに星々を眺めているのだろうよ。冷え冷えとした宮中で、発情と希望に打ち震えながら。だがね、こちらは秘密を握っているのだ。私の名前を知る者など、この異郷には誰もいない。私の唇がみずから開く時、あなたは私のものになる。夜よ失せてしまえ、星よ沈んでしまえ。夜が明ければ、私が勝利するのだ!

かつて白血病に倒れた「三大テノール」の末っ子カレーラスは、この歌を口ずさみながら放射線治療に耐え、ついに現役復帰を果たしたという話が、オペラ好きには知られていますが、このエピソードを知るにつけ、私は「誰も寝てはならぬ」という歌の或る箇所が、いよいよ腑に落ちなくなってきたのでした。

(つづく)

# by nazohiko | 2006-05-04 00:48
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by nazohiko | 2006-05-04 00:48 | ☆旧ブログより論考・批評等