by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


カテゴリ:◆小説を読む( 3 )

BRM48

『ビルマの竪琴』の一場面。
僧侶となってビルマに残ることを決意した水島は、
元の部隊が帰国を待っている収容所に、無言のまま接近し、
手にした竪琴で「仰げば尊し」を聴かせると、やはり無言で立ち去る。

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「今こそ別れめ、いざさらば。」
言わずと知れた、卒業式ソングである。

「卒業」という名目で、歌手グループから脱退することのルーツは、
この『ビルマの竪琴』にあった。
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by nazohiko | 2015-07-17 10:30 | ◆小説を読む

大尉の娘

 「楽しく本を読んだ」という記憶と感銘が、あれから6年余りを過ぎても、霧散しようとしない。むしろ、今も少しずつ、私の脳裡で醸成が進んでいるようだ。

 プーシキンの中篇小説『大尉の娘』(1836)と、神西清の和訳本(岩波文庫、2006改版)によって出会った。同じプーシキンが執筆した『オネーギン』の主人公や、トルストイの『戦争と平和』に出てくるピエールのような、才知と教養と血気と財貨を持て余しながら、Going My Wayに迷走する、ロシア小説でお馴染みの(?)の青年たちが好きで、『大尉の娘』の主人公ニコライにも、そういう役回りを期待していたのだが、文豪の筆は、私が予想しなかった方向へ転回していった。

 どうしても守り抜きたい人が、心の中に宿った途端、誰でも一個の「王」となって、目の前の世界と対峙することができる……。そんな健気で輝かしい役目を、各々の境遇において引き受け、そして、見事に「王」の任務を果たしてみせた者たちを、この小説は、活写するのである。

 1773年から75年にかけて、コサック出身のプガチョーフに率いられた大反乱が、ドン川の流域を席巻した。「プガチョフの乱」として、高校の授業で習った事件だ。青年士官のニコライが、赴任先の村で大尉の娘マリヤと相愛になるが、プガチョーフの軍勢が村を襲撃し、マリヤは掠われてしまう。生き残ったニコライは、プガチョーフの陣営に単身で乗り込み、首領プガチョフと直談判して、マリヤを救出するというのが、『大尉の娘』と名付けられた小説の、主要部分の筋書である。プーシキンの描いたプガチョーフは、「逆賊」や「残忍」といった、否定的な言葉だけでは片付けることができない。言動や行動の一つ一つが、磊落と晴朗に満ち、その「清濁を併せ呑む」度量を含めて、むしろ堂々たる「王」として、彼は小説の世界に屹立している。「皇帝陛下」を自称したプガチョーフだけれども、それは只の強がりを超えていたのだ。

 そして、彼に好まれて行動を共にしながら、あくまで膝を屈することなく、虚実皮膜・硬軟自在な談判を繰り広げて、マリア奪還の本懐を遂げるニコライも、やはり「若き獅子心王」の奮迅として、私の眼に映るのである。プガチョーフが、マリアの釈放に同意したのは、必ずしも、ニコライの弁舌と気迫に負けたからではなく、自身と同じく、守るべき者(たち)のために命を懸ける「王」の姿を、ニコライの裡に見出して、同志への敬意を覚えたからでもあるのだろう。怒濤のような反乱勢に取り囲まれつつ、共に駈け巡った数日間に、プガチョーフとニコライが交わした言葉は、決して多くなかったようだが、二人の「王」の間には、確かに心の交流が生まれていた。

 小説の結末は、こうだ。「王」としての任務を終えて、プガチョーフと別れ、軍営に戻ってきたニコライは、反乱勢との内通を疑われて、罪に問われてしまう。もはや絶体絶命という時に、マリヤは女帝エカチェリーナ2世への直訴を思い立つ。この小説に登場する、唯一の「法的に認められた王」である。謁見の機会を画策しながら、都を歩き回っているうちに、彼女は、或るお忍び歩きの貴婦人に出くわした。身の上話を聞かされて、心を動かされた貴婦人は、マリヤの訴えを女帝に取り次ぐことを、約束してくれる。やがて宮殿に呼び出されたマリヤが、女帝の前に進み出ると、それは、なんとあの時の貴婦人なのだった……。このような解決は、唐突であるかもしれない。デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)に頼った、安易な処理だと誹られるかもしれない。だが、これは意義のある結末なのだ。

 反乱に立ち上がったプガチョーフも「王」なら、プガチョーフと対等に渡り合ったニコライも、やはり「王」であった。そんなニコライに救出されたマリヤが、今度はエカチェリーナという「王」に、臆することなく訴えかけ、ニコライの無罪を勝ち取ることによって、この小説における4人目の「王」になるのである。この行動を経て、マリヤは「助けを求める可憐な少女」から脱皮するのであり、そうであってこそ、ニコライの妻となる者に相応しいと言えるだろう。プガチョーフも、ニコライも、マリヤも、守り抜きたい者のために「王」と化した時間は、本当に短かった。プガチョーフは「王」を自称したまま、やがて刑場に消えていったし、ニコライとマリヤの夫婦は、二度とこれほどの動乱に巻き込まれないまま、田舎の領地で、平穏な生涯を送ったと記されている。束の間の「在位」だったからこそ、彼らの凛々とした姿は、より健気で、より輝かしく、より愛すべきものとして、読後の記憶に残るのである。

 この本を読んで、楽しかった。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:10 | ◆小説を読む

男女の盛装

 庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』(1969、中央公論社)を読んだのは、大学1年生の時だった。

 あの本の何が面白かったのか、既に忘れてしまったけれど、「男性は盛装すればするほど、衣服を着込む(肌や体型が隠れる)のに対して、女性は盛装すればするほど、衣服を脱ぐ(肌や体型が露出する)」という意味の言葉に、ナルホドと思ったのを、今でも憶えている。あくまで西洋式の衣服について、そう言えるだけであって、なおかつ欧州にも、貴公子がタイツ姿で闊歩していた時代があったわけだが、皆が近代型の洋服を着ている、現代の日本において、庄司の指摘は、十分に鋭いものだと言えるだろう。

 ちなみに、満州人に由来する旗袍(チャイナ・ドレス)は、長いズボンと組み合わせるのが、本来の着用方法である。馬に乗る時の便利のために、上着の左右に切り込みを入れたのであり、ひらひらと揺れる部分は、スカートではなかったのだ。脚を大胆に露出する衣装として、長ズボンと合わせずに着ることが始まったのは、実は、20世紀前半のことである。
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by nazohiko | 2012-08-13 00:58 | ◆小説を読む