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カテゴリ:◆小説を読む(坊っちゃん)( 14 )

山嵐

 『坊っちゃん』に出てくる「山嵐」は、「逞しい毬栗坊主で、叡山の悪僧と云ふべき面構である」ので、背中に針毛を生やしたヤマアラシ(山嵐・豪猪)に因んで、「山嵐」と渾名されたのだろう。

 ヤマアラシは、ハリネズミ(針鼠)の別名だと思っていたら、なんと、ヤマアラシはネズミ(鼠)目で、ハリネズミはモグラ(土竜)目なのだそうだ。 そして、同じように針毛を生やした「ハリモグラ」という動物もあって、それは、カモノハシ(鴨嘴)目に属するというから、愉快である。

 ヤマアラシは「豪猪」とも書かれるのに、猪ではなく鼠で、ハリネズミは「鼠」の字が入っているのに、鼠ではなく土竜で、ハリモグラは「土竜」の字が入っているのに、土竜ではなく鴨嘴というわけだ。

 哲学者ショーペンハウアーが唱えて、後に心理学でも用いられるようになった、「ヤマアラシのジレンマ」、或いは「ハリネズミのジレンマ」という比喩があるが、元のドイツ語では、「Das Stachelschwein-Dilemma」というらしいから、「ヤマアラシ」と訳すのが、正しいことになる。これを「ハリモグラのジレンマ」と訳した人は、まさかあるまい。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:51 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

「卒業生」という言葉

  君釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。
  赤シャツは気味の悪るい様に優しい声を出す男である。
  丸で男だか女だか分りやしない。男なら男らしい声を出すもんだ。
  ことに大学卒業生ぢやないか。
  物理学校でさへおれ位な声が出るのに、文学士がこれぢや見つともない。

 「卒業生」というのは、奇妙な言葉だと思っているのだが、夏目漱石も平気で使っていたことに気付いた。

 学校を出れば、もう「生」(学生)ではないのだから、「卒業生」という表現は、成り立たないのではないか。「生」(学生)の段階を終えて、「士」(学士)に昇格した者が、「卒業者」や「卒業士」のように呼ばれるなら、話は分かるけれども。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:50 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

蜜柑と牛肉

  庭は十坪ほどの平庭で、これといふ植木もない。
  ただ一本の蜜柑があつて、塀のそとから、目標になるほど高い。
  おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。
  東京を出た事のないものには蜜柑の生つてゐるところはすこぶる珍しいものだ。
  あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだらうが、定めて奇麗だらう。
  今でももう半分色の変つたのがある。
  婆さんに聞いてみると、すこぶる水気の多い、旨い蜜柑ださうだ。
  今に熟たら、たんと召し上がれと云つたから、毎日少しづつ食つてやらう。
  もう三週間もしたら、充分食へるだらう。まさか三週間以内にここを去る事もなからう。

  おれが蜜柑の事を考へてゐるところへ、偶然山嵐が話しにやつて来た。
  今日は祝勝会だから、君といつしよにご馳走を食はうと思つて牛肉を買つて来たと、
  竹の皮の包を袂から引きずり出して、座敷の真中へ抛り出した。
  おれは下宿で芋責豆腐責になつてる上、
  蕎麦屋行き、団子屋行きを禁じられてる際だから、
  そいつは結構だと、すぐ婆さんから鍋と砂糖をかり込んで、煮方に取りかかつた。

  「湯島のかげまた何だ」
  「何でも男らしくないもんだらう。
  ──君そこのところはまだ煮えてゐないぜ。そんなのを食ふと絛虫が湧くぜ」

 『坊っちゃん』の中で、食べ物が美味そうに描かれている箇所と言えば、蜜柑の話に牛肉の話が続く、ここを真っ先に挙げるべきだろう。「もう三週間もしたら、充分食へるだらう」と言うけれども、伊予特産の蜜柑が熟する前に、「坊っちゃん」は東京へ舞い戻ってしまうことになる。

 「今日は祝勝会だから、君といつしよにご馳走を食はう」と、飛び込んで来た山嵐。平生の鬱憤を忘れたかのように、今日の彼は無邪気にはしゃいでいる。「竹の皮の包」だけが描写されているからこそ、湿り気を帯びた牛肉の質感が、却って活き活きと想像されてくる。抛り投げられた肉の包みは、ずしっと畳に着地したことだろう。「かり込んで」や「煮方」といった大袈裟な表現が、「男の料理」的なお祭り気分を醸し出す。「そこのところはまだ煮えてゐないぜ」云々という言葉も、牛肉のワイルドな瑞々しさを、私たちに伝えてくれる力を持っている。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:48 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

下女と下女

  うとうとしたら清の夢を見た。
  清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしやむしや食つてゐる。
  笹は毒だからよしたらよからうと云ふと、
  いえこの笹がお薬でございますと云つて旨さうに食つてゐる。
  おれがあきれ返つて大きな口を開いてハハハハと笑つたら眼が覚めた。
  下女が雨戸を明けてゐる。
  相変らず空の底が突き抜けたやうな天気だ。

 旅館の下女の後ろ姿に、清の面影を求めたりはしない。清だって、「坊っちゃん」の家では下女だったのだが、彼にとって、清はあくまで「清」なのであり、旅館の下女は、あくまで無名の「下女」なのである。

 かのキティちゃんは、自身が猫でありながら、ペットとして、猫とハムスターを飼っているのだという。「飼い主」の立場を得ることによって、キティちゃんに「人格」が備わるのに対して、飼われる側の猫とハムスターは、厳然と「畜生ども」の範疇に留められる。

 「坊っちゃん」にとって、清は、もはや「下女」として認識されない人物だったわけだ。「清」という範疇と、「下女」という範疇の間には、いつのまにか、くっきりと一線が引かれていたのである。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:47 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

親譲りの無鉄砲

  親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりして居る 。

  幸ひ物理学校の前を通り掛つたら生徒募集の廣告が出て居たから
  何も縁だと思つて規則書をもらつてすぐ入学の手続をして仕舞つた。
  今考へると是も親譲の無鉄砲から起つた失策だ。

  尤も教師以外に何をしやうと云ふあてもなかつたから、
  此相談を受けた時、行きませうと即席に返事をした。
  是も親譲りの無鉄砲が祟つたのである。

 「親譲りの」というからには、「坊っちゃん」の父も、無鉄砲(結果を考えず、短絡的に行動する)だったはずだが、小説中に描かれる彼に、そんな雰囲気はない。

  おやぢは何もせぬ男で、
  人の顔さへ見れば貴様は駄目だ駄目だと口癖の様に云つて居た。
  何が駄目なんだか今に分らない。妙なおやぢが有つたもんだ。

 無鉄砲に育った「坊っちゃん」を、口癖のように「駄目」扱いしていたが、かといって、高い社会的地位や収入を得て、名士と仰がれる人でもなかったようだ。彼は、「何もせぬ男」だったのである。財産と収入源が先細ってゆくのを、横目に見ながら、閑居していたという意味か。想像するに、若かった頃の彼は、「坊っちゃん」と同じように無鉄砲だったのだろう。江戸幕府が倒れ、士族が没落していった時代に生まれて、無鉄砲な性分が祟って、財貨を騙し取られた経験があるかもしれないし、或いは、かつての使用人に裏切られたのかもしれない。そこまで深刻な精神的打撃は、受けなかったとしても、無鉄砲な言動や行動を、周囲の人々に忌み嫌われた経験を重ねた結果、自暴自棄な「引きこもり」の後半生へ、ずるずると追い込まれていった可能性はある。彼が「坊っちゃん」に、「貴様は駄目だ駄目だ」と言い聞かせたのは、つまり、自己否定の情に基づく、同属嫌悪の表現だったというわけである。

 さて、教職を約1ヶ月で辞めてしまった「坊っちゃん」だが、東京に戻ってから就いた「街鉄の技手」は、清の没後も続けているようだ。無鉄砲が看板だったはずの彼らしくもないことだが、彼の心境に、どんな変化が起こったのか。それはきっと、「東京で清とうちを持つんだ」という意志が、彼を社会生活に繋ぎ止める、強い力になったのだ。残念ながら、清は数ヶ月後に逝ってしまったけれど、その遺言「御墓のなかで坊つちやんの来るのを楽しみに待つて居ります」が、これからも、「坊っちゃん」の日々を励まし続けることだろう。父のように自分を持て余すことなく、彼は前途を開いてゆくだろう。自分を愛してくれる者の存在を確信し、「その人と一緒に未来を作ってゆきたい」と決意することによって、「坊っちゃん」は、「親譲りの無鉄砲」から解脱することができた……。これが、『坊っちゃん』最終章の真髄である。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:45 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

どう御しるのぞなもし?

  おれが下宿へ帰つたのは七時少し前である。
  部屋へ這入るとすぐ荷作りを始めたら、
  婆さんが驚いて、どう御しるのぞなもしと聞いた。
  御婆さん、東京へ行つて奥さんを連れてくるんだと答へて勘定をすまして、
  すぐ汽車へ乗つて浜へ来て港屋へ着くと、山嵐は二階で寐て居た。

 こんなに素早く、荷作りを済ませてしまったのは、下宿の部屋に、ほとんど私物がなかったからだろう。「坊っちゃん」が「四国辺」にいたのは、僅か1ヶ月程度だったから、現地で何も買い込まぬまま、東京へ舞い戻ったのである。「萩野の婆さん」が、驚いて「どう御しるのぞなもし?」と問うが、『坊っちゃん』に「四国辺」の方言が出てくるのは、これが最後であり、なおかつ、ずいぶん久しぶりのことだ。

 「赤シャツ」や「野だ」と対決する、緊迫感のある場面で、登場人物たちの発した言葉が、始めから終わりまで東京風であったのに対し、ここで緩やかな方言が聞こえてくることによって、読者の緊張が一気に解消する。昂奮状態にある「坊っちゃん」にとって、「萩野の婆さん」が、まるで蚊帳の外の人物であることを、使用言語の相違(東京言葉と現地方言)、また音調の差違(きびきび調とゆるゆる調)によって、巧みに象徴しているようでもある。

 逆に言えば、「坊っちゃん」も「山嵐」も「赤シャツ」も「野だ」も、誰一人として「四国辺」の出身ではなかったことが、改めて印象付けられるのだ。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:43 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

下宿へも行かず?

  おれが東京へ着いて下宿へも行かず、
  革鞄を提げたまま、清や帰つたよと飛び込んだら、
  あら坊つちやん、よくまあ早く帰つて来て下さつたと涙をぼたぼたと落した。
  おれも余り嬉しかつたから、
  もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云つた。

 ここでいう「下宿へも行かず」とは、何を意味するのか?

 「坊っちゃん」が、四国赴任中にも、東京の下宿を借り続けていたとは思えない。赴任が決まった段階で、「四畳半も引き払はねばならん」という言葉も発しているのだし。東京に帰り着いた当日に、そんなに急いで新居を探す必要もあるまい。四国到着の直後と同じように、しばらくは旅館に寝起きしても構わないのだ。

 彼は、東京を離れる時に「四畳半の安下宿」を退居したけれども、東京に帰ったら、また同じ下宿屋に入ることを、主人と内約してあったのではないか。そうだとすれば、「赤シャツ」のように「四国辺」に定住するのではなく、比較的すぐに東京へ戻ってくることを、当初から意図していたことになる。「行く事は行くがぢき帰る。来年の夏休にはきつと帰る」と、彼は清を慰めたが、「帰る」というのは、休暇を利用して一時帰郷することではなく、転職または任地替えによって、恒久的に東京へ帰るという意味だったのかもしれない。「来年の夏休」よりも、遥かに早く帰ってきた彼は、「街鉄の技手」に再就職して、「家賃は六円」の一戸建て(?)に移るまでの間、学生時代に住んでいた安い下宿で、無収入の日々をやり過ごしたのだろう。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:41 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

坊っちゃんは赤シャツを撲たない

  「だまれ」と山嵐は拳骨を食はした。
  赤シヤツはよろよろしたが
  「是は乱暴だ、狼藉である。理非を弁じないで腕力に訴へるのは無法だ」
  「無法で沢山だ」とまたぽかりと撲ぐる。
  「貴様の様な奸物はなぐらなくつちや、答へないんだ」とぽかぽかなぐる。
  おれも同時に野だを散々に擲き据ゑた。
  仕舞には二人とも杉の根方にうづくまつて動けないのか、眼がちらちらするのか、
  逃げ様ともしない。

 「坊っちゃん」と「山嵐」が、一緒に「赤シャツ」と「野だ」を打擲したように、むかし読んだ時の記憶が、何となく残っていたけれども、敵の親玉である「赤シャツ」と対決したのは、実は「山嵐」一人であって、「坊っちゃん」が相手にしたのは、腰巾着の「野だ」に過ぎないことが分かる。なおかつ「山嵐」は、「赤シャツ」が自身の不行跡を認めないので、問答の末に暴力に訴えたのだが、「坊っちゃん」が「野だ」を襲撃した直接の理由は、「べらんめえの坊つちやん」という悪口を聞きつけたからという、他愛ないものであり、逃げようとした「野だ」に対して、発作的に生卵を投げつけたのだった。

 この描き分けは、「赤シャツ」と「山嵐」を主軸とする対立構図において、「坊っちゃん」が、あくまで「山嵐」側の表層的な腰巾着でしかなく、「赤シャツ」の真の敵ではなかったことを、象徴しているようだ。言い換えれば、「坊っちゃん」も一個の「野だ」だったのである。「坊っちゃん」は、『坊っちゃん』という小説の主役にはなったが、「四国辺のある中学校」の人間関係において、彼は決して主役ではなかった。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:39 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

『坊っちゃん』と『うらなり』

 小林信彦の『うらなり』(文藝春秋、2006)を読んだのは、4年半ほど前のことだが、今になって、ふと思い至ったことがある。

 夏目漱石の描いた「坊っちゃん」が、「四国辺のある中学校」に赴任したかと思ったら、なんと1ヶ月で辞職して、東京に舞い戻ってきたのは、日露戦争の祝勝会が行われた、明治38年(1905)の秋だった。それから約30年後の昭和9年(1934)に、「坊っちゃん」に「うらなり君」と渾名されていた古賀と、同じく「山嵐」と渾名されていた堀田が、東京で再会を果たす。鉄道ホテルのレストランで食事を共にしながら、古賀の語り出す、あの年から現在までの身の上話が、『うらなり』と題された小説の主な内容である。『坊っちゃん』の発表(1906)から、ちょうど100年後に刊行されたことになる。

 「坊っちゃん」は、古賀にとっても堀田にとっても、僅か1ヶ月のうちに、風のように現れ、風のように消えていった人物であり、古賀や堀田の側から見れば、とりたてて懐かしむほどの旧友ではなかった。せいぜい、「古賀と赤シャツ」「堀田と赤シャツ」の対立関係や、古賀と堀田の盟友関係に茶々を入れた、傍迷惑な奴として記憶されるばかり。小説『坊っちゃん』では、徹頭徹尾「坊っちゃん」の自意識を通して、古賀や堀田との関係が物語られているから、「坊っちゃん」と堀田が刎頸の交わりを結んで、正義に燃える二人組で、弱者古賀のために助太刀したことになっているが……。なるほど、「坊っちゃん」の口から与えられた情報を、古賀や堀田の立場から読み直してみれば、彼ら二人こそが、「坊っちゃん」が着任する前からの親友なのであって、そこへ入り込めるまでに「坊っちゃん」と彼らの交流が成熟することは、「坊っちゃん」の性分が性分であるだけに、ついぞなかったのだ。「坊っちゃん」は教職を捨ててから、東京で「街鉄の技手」になったというから、昭和9年に上京してきた古賀が、「坊っちゃん」に会うことも不可能ではないはずだが、彼が訪ねた相手は、今は東京に住んでいる堀田だけであった。

 小林が想像してみせた、延岡に転勤させられてから30年間に、古賀の辿った境涯は、私の裡なる古賀像と合致しない部分が少なくなかったので、あまり承服できなかった。しかし、『坊っちゃん』の1ヶ月間を、「坊っちゃん」以外の人物の視点から語り直すことによって、既に人口に膾炙した物語を、立体的に把握しやすくしてくれたことや、そうして、特権的な語り手としての「坊っちゃん」を相対化する試みによって、「坊っちゃん」という自意識の有り様が、却って鮮やかに浮き彫りになったことは、小説『うらなり』の功績だと言えるだろう。

 今になって思い至ったことというのは、ここからである。「坊っちゃん」の四国赴任と電撃辞職が、明治38年(1905)の秋で、小説『坊っちゃん』の発表は、翌39年(1906)の春だったから、「坊っちゃん」が回想して聞かせているのは、ほんの半年ほど前の経験だ。もし、昭和9年(1934)の段階で、「坊っちゃん」があの1ヶ月を語ったとしたら、古賀にとっての「坊っちゃん」がそうであったように、いつのまにか50歳を過ぎた「坊っちゃん」の半生記の中で、古賀も堀田も、さほど懐かしくもないチョイ役として扱われてしまうに違いない。ひいては、「四国辺のある中学校」での1ヶ月間まるごとが、わざわざ詳述するに及ばない一瞬の出来事として、片付けられてしまうのだろう。

 こんな風に想像した理由は、『坊っちゃん』という小説の真髄が、紙数の大半を占める四国武勇伝にはないように、昨年あたりから、考えるようになってきたからだ。教師になって田舎へ赴任するという形で、一度は清(きよ)の懐を離れた「坊っちゃん」が、「不浄な土地」で傷つけられた心を抱えて、東京へ帰ってくるというプロセスを経て、「安住の場」としての清への愛着を、再確認する物語……それが『坊っちゃん』なのだ。再確認というより、この時に初めて、十分に自覚したと言ってよい。「清と坊っちゃんの物語」が、四国武勇伝の額縁として置かれているのではなく、二人の物語を完結に導くための、あくまで一個の契機として、冒頭章と最終章の間に、四国武勇伝が長々と挿入されているのである。東京に戻った直後の「坊っちゃん」だからこそ、記憶に生々しい四国での1ヶ月間を、あれほど詳しく語る気にもなったのだろう。その時から30年を経過した「坊っちゃん」が、幼少時代から東京帰還と清の病没までを、改めて語り出そうとするならば、自身と清との様々な思い出を述べるために、ほとんどの紙数を費やすことだろう。そうして、「清と坊っちゃんの物語」としての、「清に捧げる鎮魂歌」としての性格が、現行版の『坊っちゃん』よりも、ぐんと明確に打ち出されることだろう。
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by nazohiko | 2012-08-13 01:37 | ◆小説を読む(坊っちゃん)

越後の笹飴

  余り気の毒だから
  「行く事は行くがぢき帰る。
  来年の夏休には屹度(きっと)帰る」と慰めてやつた。
  夫(それ)でも妙な顔をして居るから
  「何を見やげに買つて来てやらう、何が欲しい」と聞いて見たら
  「越後の笹飴が食べたい」と云つた。
  越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違ふ。
  「おれの行く田舎には笹飴はなささうだ」と云つて聞かしたら
  「そんなら、どつちの見当です」と聞き返した。

『坊っちゃん』を読み返す度に、新しい発見がある。
「おれの行く田舎には笹飴はなささうだ」という答えには、
坊っちゃんの、どれほどの優しさが込められていることか。

幼い頃に「アルプスの少女ハイジ」のアニメを見て、
やや大きくなってからは、『坊っちゃん』を読んで育った私は、
「白パン・黒パン」と「越後の笹飴」には、過剰反応してしまう。

レストランで黒っぽいパンが出てきた時には、
必ずと言っていいほど、ハイジについて熱弁を奮い出し、
周りを「ドン引き」させてしまうし、
新潟産の笹飴を見かけた時には、ほぼ100%の確率で、
「これ清(きよ)のやつだ! これ清のやつだ!」を繰り返すのである。

# by nazohiko | 2007-03-02 12:12 | 論考・批評 |
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by nazohiko | 2007-03-02 12:12 | ◆小説を読む(坊っちゃん)