by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


カテゴリ:☆旧ブログより歳時の話題( 11 )

けふは端午節なり

今日は旧暦五月五日、端午節である。

端午の節句と言えば、あやめ。
漢字で「菖蒲」と書いてはいけない。
「あやめ」という文字のかたちが、
あの花弁の曲線をかたどっているのだから。

  ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな

言わずと知れた、古今集恋部の巻頭歌である。
「詠み人知らず」として載っているが、それでいいのだ。
具体的な人名が添えてあったら、香気が半ば消し飛んでしまう。

  昨日までよそに思ひしあやめ草けふ我が宿のつまとみるかな

拾遺集の夏部に採られた、大中臣能宣の歌。
もしかすると、「あやめも知らぬ」の作者が、
二十年くらい後になって、このように詠んだものか。

「よそ」という言葉が、王朝和歌に用いられる時、
そこには、気の遠くなるほどの心理的隔絶感が宿っている。

大中臣能宣が何歳まで独身だったのか、
どこかの本に、ちゃんと書いてあるのかもしれないが、
人品いやしからぬ晩婚の男が、旧暦五月の夕涼みに耽っている姿を、
私は、この歌の向こうに思い描くのである。

# by nazohiko | 2007-06-19 00:21
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by nazohiko | 2007-06-19 01:51 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは大晦日なり

いわゆる「旧暦」の大晦日が巡ってきた。
『源氏物語』の本篇は、この日を以て締め括られる。

旧暦は、太陰太陽暦に分類されるものであって、
月(moon)が満ち欠けする周期が、月(month)の長さになる。

月(moon)は、約29.5日の周期で満ち欠けするが、
「1ヶ月=29.5日」としたのでは、明らかに不便なので、
30日からなる月(month)と、29日から成る月(month)を、
1年の中に6つずつ置くことで、小数点以下を調整する。
これが、旧暦における「大の月」と「小の月」である。

新暦の大晦日は、「12月31日」という日付になるが、
旧暦の大晦日は、「12月29日」または「12月30日」となり、
今年は12月が「大の月」であるから、大晦日の日付は後者の方になる。

旧暦には、絶対に「31日」という日付がないし、
新暦2月のように、28日で終わってしまう月(month)もない。
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by nazohiko | 2007-02-17 21:30 | ☆旧ブログより歳時の話題

年の内に春は来にけり

立春に当たる今日は、
旧暦では、まだ前年の12月17日なので、
「年の内に春は来にけり」ということになる。

立春の定義は、旧暦においても新暦においても、
「太陽黄経が315度である時点」である。
簡単に言えば、立春のタイミングは、
太陽と地球の位置関係によってのみ、測定されるのだ。

これに対して、旧暦の日付は、
太陽と地球の位置関係にも、幾分の注意が払われるけれども、
基本的に、月と地球の位置関係によって計算される。

つまり、立春(旧暦も新暦も共通)と旧暦元旦は、
それぞれ異なる原理によって、タイミングが決まるわけであり、
結果として、立春の後に旧暦元旦が来る年と、
旧暦元旦の後に立春が来る年が、ほぼ半々の頻度で生じることになる。

「年の内に春は来にけり」は、珍しいことではないのだ。
一昨年もそうだったし、来年もそうなることが分かっている。
だから、在原元方がこのように詠んだ年を、
「年内立春」だけを手掛かりに、特定するわけにはゆかない。
76年に1度しか見えないハレー彗星とは、話が違うのである。

# by nazohiko | 2007-02-04 00:03
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by nazohiko | 2007-02-04 00:03 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふはクリスマスなり

キリスト教の中でも「東方正教会(Eastern Orthodox)」と総称される宗派,即ちギリシア正教・ロシア正教・グルジア正教・ブルガリア正教・ルーマニア正教などでは,ユリウス暦の12月25日にクリスマスを祝うそうだ。

私たちが使い慣れているグレゴリオ暦は,カトリック教の総帥であるローマ教皇が,約400年前に制定したものだ。東方正教会は,これを受け入れずに,ユリウス・カエサルが約2000年前に定めた暦を,今に至るまで守っているのである。暦としての精度が,さすがにグレゴリオ暦より劣るため,ユリウス暦の日付とグレゴリオ暦の日付は,年を追って広がってゆくことになる,現在のずれは13日であるため,今日(グレゴリオ暦の2007年1月7日)が,ユリウス暦のクリスマスに当たる。現時点では2006年の12月25日なのであって,もう七つ寝ないとお正月が来ない。

いや,「クリスマス」とは言わずに,日本で使われている正教用語に従って「主の降誕祭」と称するべきか。正教では,教祖を「イイスス・ハリストス」と呼び,その母のことは「生神女」と呼び,祈祷や儀式を総称して「奉神礼」と呼び,それに含まれる七つの儀式は「機密」と呼ぶらしい。ギリシア語やロシア語に由来する訳語や音写を用いるために,用語が他の宗派とは一味違うのである。# by nazohiko | 2007-01-07 21:57
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by nazohiko | 2007-01-07 21:57 | ☆旧ブログより歳時の話題

一陽来復

これは『易経』に出てくる「復」という卦である。

【旧ブログでは画像あり】

繋がった横棒で陽を表し、
分断された横棒で陰を表すことにして、
横棒を六段にわたって重ねてゆけば、
合計六十四通り(二の六乗)の卦ができあがる。
「復」は、その中の一つである。

『易経』に列挙された六十四の卦を材料として、
数や形のシンボリズムを展開することを「易学」というが、
一年を構成する十二の月(month)に、
一つずつの卦を対応させることによって、
季節が循環してゆく原理を、
視覚的に説明してみせようとする一派があった。

彼らに言わせれば、
地上に陽の気が多くなればなるほど、
温暖な季節となり、昼の時間が長くなる。
逆に、陰の気が多くなればなるほど、
寒冷な季節になり、夜の時間が長くなる。
そして、冬至の月である旧暦十一月を象徴する卦として、
彼らに選び出されたのが、「復」の卦である。

この卦の形状を、よく見てほしい。
六段あるうちの五段までが、
陰を表す、分断された横棒によって占められている。

つまり、冬至の月には陰の気が圧倒的に優勢であり、
それゆえに、とても寒冷であり、
夜の時間が、ひどく長いことを表現するのだが、
しかし、最下段には、
陽を表す、繋がった横棒が姿を現している。
死に絶えていた陽の気が、地上に再び芽生えてきたのだ。

やがて、陽の気は勢いを取り戻してゆき、
陰の気を地上から追い払ってしまうだろう。
冬至の月が、陰陽バランスの転回点であるという考え方や、
それを視覚的に象徴する、「復」の卦のこんな形状から、
「一陽来復」という言葉が生まれたわけである。

春分の月である旧暦二月は、「大壮」の卦で象徴されるが、
この卦は、下から四段までが陽の横棒によって占められ、
陰の横棒は、上の二段に追いつめられている。

【旧ブログでは画像あり】

そして、小暑の月である旧暦四月は、
陽の気によって、地上が完全制覇された一ヶ月と見なされ、
六つの段がことごとく陽の横棒から成る、
「乾」と呼ばれる卦によって象徴されるのである。

【旧ブログでは画像あり】

夏至の月である旧暦五月に至ると、
最下段には、陰の横棒が姿を現すようになる。
ここからは、陰の気が陽の気を追いつめる時期に入るのだ。

【旧ブログでは画像あり】

今日は冬至である。# by nazohiko | 2006-12-22 22:40
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by nazohiko | 2006-12-22 22:40 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは十六夜なり

アイドル歌謡には疎いので、
シングルCDというものを、ほとんど持っていないが、
それだけに、数少ない所蔵品は、
いずれ劣らぬ名曲だと思っている。

小林恵の「十六夜~IZAYOI~」は、
「世界ふしぎ発見!」のエンディング曲として流れていたのを、
いたく気に入って、手許に置かずにいられなくなったものである。
細長い紙のジャケットには「99・4・17」と刷られているから、
今から7年前のことだ。

私がCDを求めるまでに魅入られた歌手や曲は、
必ずと言ってよいほど、流行らずに消えてしまうのだが、
この一枚も、現在ではちょっとしたレア物であるらしい……。

♪ 夢よ紅き夢よ 切ないばかりなら 
♪ 十六夜の月に酔いしれて 君を忘れたい

憶えている人は、手を上げて! # by nazohiko | 2006-10-07 21:17
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by nazohiko | 2006-10-07 21:17 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは8月16日なり

赤い月サンバブラジル聖木曜海からぬつと昔の恋が (紀野恵)

雲が晴れて、
中秋の名月が見えますように、
おまじなひの歌。

今日は金曜なのだが、
まあ気にしないことだ。# by nazohiko | 2006-10-07 18:38
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by nazohiko | 2006-10-07 18:38 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは8月14日なり

明日の晩が、旧暦8月15日の仲秋節に当たる。

新月(new moon)から次の新月までの時間を、旧暦では「1ヶ月(month)」と定義するので、毎月15日(1ヶ月の折り返し点)に「ほぼ満月」になるというのは、以前の記事に書いた通りである。実際には、満月の日付が1~2日ずれることもあるのだ。

今年の旧暦8月は、15日ではなく16日に満月となる。「仲秋の名月」と呼ばれるのは、必ず8月15日の月(moon)なのだけれども、完全無欠な満月を観たいという方は、明後日の夜空を見上げていただきたい。# by nazohiko | 2006-10-05 23:05
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by nazohiko | 2006-10-05 23:05 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは閏7月19日なり(3)

東アジアの各地では、今でも占い用の暦として「旧暦」が健在だ。

日本では、江戸幕府が制定した「天保暦」を、近代以降に若干改訂したものが、「旧暦」の名で使われている。天保暦は京都の時刻を基準にしていたが、これを日本標準時(東経135度の時刻)にずらしたのであり、また暦の算出に用いられる様々な数値が、天文力学の発展に伴って補正されている。

日本以外では、中国清朝が制定した「時憲暦」が、そのまま踏襲されているらしい。清朝の領土だったことのある台湾や、長らく中国に服属してきた朝鮮でも、この時憲暦が使われ続けているわけである。かつて、他国の暦法を導入することは、その国の支配下に入ることを象徴していた。

天保暦にせよ時憲暦にせよ、それぞれ日本と中国で最後に作られた太陰太陽暦であるだけに、かなりの精度を誇るものとなったのだが、その一方で、新たな面倒を暦法に持ち込むことにもなってしまった。

前回の日記「けふは閏7月19日なり(2)」の中で、「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」は「月(moon)が満ち欠けするサイクル」より若干長いと書いたが、実は歴代の太陰太陽暦の中で、天保暦と時憲暦については、その限りではない。この2つの暦では、「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」の意味が、従来型の「1年の約1/12の日数」から「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」に改められたからである。

地球の公転軌道は円形ではなく、楕円形をしているので、ケプラーの第2法則によって、軌道が太陽に近づくにつれて公転速度が上がり、太陽から遠ざかるにつれて公転速度が下がる。故に、「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」は、地球が楕円軌道の何処にあるかによって、伸縮することになる。そして、楕円軌道が最も太陽に近づく時季(公転速度が最も速くなる)には、「地球が太陽の周りを360°の約1/12だけ巡る日数」が「月が満ち欠けするサイクル」を僅かに下回るのである。

言い替えれば、太陰太陽暦の「1ヶ月」の中に、季節のターニング・ポイントとしての「中気」が、2つも含まれてしまう場合が、稀にだけれども出てくるのだ。「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」というのが、つまり中気の日と中気の日の間隔なのだから。中気の日を1つだけ含む月(month)を、通常の月(month)として扱うことや、中気の日を1つも含まない月を、閏月としてカウントすることは、既に触れた通りである。ならば、中気の日を2つ含んでしまう月があったら、どのように処理すればよいのか。従来型の太陰太陽暦には、決して発生することのない問題であった。

江戸幕府や中国清朝の天文学者たちが、「どうせ当面は起こり得ないこと」と決め込んで、解決法を定めておかなかったこの問題が、今から27年後に浮上してくることが知られている。「西暦2033年問題」と呼ばれるものだが、この年には、「小雪」と「冬至」の両方を含む月(month)が現れてしまうのである。おそらくは、閏月を1つ挿入するという操作とは逆に、月(month)を1つ欠番にするという処置が、誰かの権威によって取られることになるのだろう。# by nazohiko | 2006-09-11 19:44
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by nazohiko | 2006-09-11 19:44 | ☆旧ブログより歳時の話題

けふは閏7月19日なり(2)

それでは、「地球が太陽の周りを巡るサイクル」と「月(moon)が満ち欠けするサイクルの12倍」を、どのように共存させればよいのか。上述のように、両者の間には約11日の差があるわけだが、これが19年にわたって累積すると209日となり、月が満ち欠けするサイクルの7倍に、ほぼ等しくなる。

つまり、「19年間に7回」というペースで、余分な「1ヶ月」を挿入すれば、太陰太陽暦における「1ヶ月」のシステムと「1年」のシステムは、きれいに共存できるわけである。言い替えれば、13ヶ月から成る「1年」が、19年間のうちに7度出現するのだ。「閏月」と呼ばれるのは、そのために挿入される「1ヶ月」のことである。

ならば、どのような基準で「この年に閏月を挿入するべし」と判断すればよいのか。19年間に7回というのは、何とも落ちつきの悪い数値ではないか。少なくとも、4年間に1回ずつ「閏日」を挿入するグレゴリオ暦より複雑だ。また、1年の中の何処に、閏月を挿入すればよいのか。

東アジアの太陰暦(いずれも太陰太陽暦に属する)において、この操作をコントロールするために考え出されたのが、「中気」という指標である。地球が太陽の周りを巡るサイクルを、大体12等分した日数ごとに、それぞれ「雨水」「春分」「穀雨」「小満」「夏至」「大暑」「処暑」「秋分」「霜降」「小雪」「冬至」「大寒」と名付けられた日がやってくるのであり、これらを中気の日と総称する。名前から分かるように、これらは天文学的な定義によってだけでなく、季節のターニング・ポイントとしても実感的に了解されている。

そして更に、例えば「春分を含む月を、2月(February)とする」「夏至を含む月を、5月(May)とする」といった風に、暦の循環と節気の循環が対応させられてゆく。すると、「地球が太陽の周りを巡るサイクルの約1/12」の方が、「月が満ち欠けするサイクル」よりも僅かに長いため、19年間に7回という頻度で、雨水・春分・穀雨等々のいずれをも含まない月(month)が現れることになるが、それを閏月として扱うのである。

今年は、そのような月(month)が7月の直後に現れたから、これを閏7月と呼んで、8月とは別個の月(month)としてカウントしている。注目していただきたいのは、グレゴリオ暦では2月28日の直後にしか閏日が来ないのと違って、「旧暦」で閏月が挿入される位置は、固定されていないことである。

12のターニング・ポイントによって示された季節の循環と、12の月(month)の循環が揃わなくなり次第、間髪を入れずに閏月を挿入して、暦の循環と季節の循環のシンクロを堅持しようとするのだ。農耕や遊牧のスケジュールに指針を与えるという、暦が発明された当初の目的を、強く意識した手法であると言えるだろう。

今日は閏7月19日。閏月は19日間に7回あるという「19」と「7」に因んで、こんなミニ・レクチャーを綴ってみた次第。

※続く

# by nazohiko | 2006-09-11 00:29
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by nazohiko | 2006-09-11 00:29 | ☆旧ブログより歳時の話題