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カテゴリ:◇見聞を誌す( 17 )

タカセ巣鴨店の開業

池袋駅東口前の「タカセ」に足を運んで、10年近くになるが、
巣鴨の地蔵通りに新しい店が開業したので、初日に駆け付けた。

1階でパンと飲物を買い、
2階の喫茶室(というよりイートイン区画)で食べるという方式。

池袋の本店に行く時には、
たいてい3階のレストランか、9階のコーヒーラウンジで飲食し、
帰り際に1階でパンを買って、翌朝に自宅で食べるので、
カレーパン(今だけ100円)に、揚げたての状態でかぶりつくと、
こんなにサクサクとして美味しいとは、今まで気づかなかった~!

喫茶室で見かけたお客さんは、例外なく年配の方々だったから、
もしかすると、この小文が、
タカセの巣鴨店に関する、ほとんど最初のネット書き込みになるかもしれない。
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by nazohiko | 2014-04-14 22:28 | ◇見聞を誌す

酷愛櫻花

文恭(朱舜水)酷愛櫻花、庭植數十株。
毎花開賞之、謂覺(安積澹泊)等曰「使中國有之,當冠百花」。

亡命儒者が後半生を過ごした水戸藩邸は、
現在、東京大学農学部のキャンパスとなっている。

ある春の日のこと、彼は「格さん」のモデルとなった安積澹泊(本名は覚)に、
「もしこの花が故国にもあれば、百花の王と称えられように!」と語ったという。

農学部の正門を入ってすぐの所に、
「朱舜水先生終焉之地」と刻まれた石碑が立っているが、
彼の見た桜は、今年もキャンパスに花吹雪を降らせたのだろうか。
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by nazohiko | 2014-04-07 23:23 | ◇見聞を誌す

検索される謝依旻

 今年の5月に「踊る謝依旻、歌う謝依旻、演じる謝依旻」という記事を書いたが、それをお読み下さった方の数や、「謝依旻」で検索して本ブログにいらっしゃる方の数が、しばらく前から多くなってきた(笑)

 せっかくだから、その末尾に書いたことを敢えて繰り返すが、謝依旻は「アイドリング!!!」のメンバーだったベトナム人のフォンチーに似ている。本ブログの筆者は「アイドリング!!!」も静かに応援中なる由。
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by nazohiko | 2013-07-27 16:02 | ◇見聞を誌す

東本願寺

 京都駅から四条烏丸で歩く道すがら、たまに東本願寺に足を止めることがある。東本願寺は、浄土真宗の中核的寺院の1つであり、大谷派にとっては本山の地位にあるのだけれども、これほどまでに「聖地」らしさを伴わない大寺院というのは、そうそうお目にかかるものではないだろう。

 そこが世界の中心であるかのような感覚も、そこに異界が顔を覗かせているような印象も、東本願寺には潔いほどに欠落している。私がこの空間において覚えるのは、「聖地」に身を置いた人間が感じるとされる緊張感や、陶酔感や、或いは自己が変革されるという感触ではない。如何なる宗教の信徒でもない者が、語弊を恐れずに言わせてもらうならば、東本願寺の本質は「世界で最も気品のある休憩所(の1つ)」であることではないか。

 昨日の昼も、広大で涼やかな御影堂にしばらく暑さを避けたのだが、畳に足を投げ出してボーッとしている若者や、子供たちを連れて参拝に来た母親や、車座になって雑談する老人たちを、ゆっくりと眺めているうちに、それまでにも漠然と胸裡に胚胎していた上記の考えが、ついに言葉という形を取った。

 もしかすると親鸞の後学たちは、この寺院が「聖地」の紫雲に巻かれてしまうことを、また「極楽浄土」の劣化コピーとして威光を放ってしまうことを、敢えて拒否してきたのではないか? その代わりに、和やかな休息時間を「一切衆生」に与えると共に、思い思いの姿で憩う人間たちの姿を、そこへやって来た者たち自身に見つめさせるための、あくまで現世の一部としての「休憩所」を期して、あの巨大な仏堂を建造したのではないか?

 そもそも、私が親鸞の思想を斟酌する限り、寺院が「極楽浄土」を疑似体験するためのテーマパークであってはいけないのだ。なおかつ、絢爛たる「極楽浄土」が究極的な憧憬対象であってもいけない。『無量寿経』にはっきりと定義されているように、輪廻転生を繰り返した末に、真の解脱に至る直前の段階まで漕ぎつけた人が、最後の一生を過ごすために迎え入れられる「通過ポイント」が、阿弥陀如来が統率する「極楽浄土」なのである。
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by nazohiko | 2013-05-13 21:47 | ◇見聞を誌す

けふは清明なり

今日は二十四節気の内の「清明」に当たる。

これは、太陽の動きのみによって日取りが決まるため(太陽黄経が15度の時)、
太陰太陽暦である東アジアの「旧暦」では日付が毎年変動するのに対して、
純粋な太陽暦であるグレゴリオ暦では、大抵4月4日か4月5日のどちらかに収まる。

中国語圏や沖縄では、清明の日に祖先の墓参をする。

ぐっと反り返った橋と、それを渡ってゆく人々の姿が印象的な「清明上河図」は、
北宋朝(960-1127)の都・開封(かいほう)の、この時季の賑わいを描いたもの。

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by nazohiko | 2013-04-05 00:05 | ◇見聞を誌す

令外の「菅」

 征夷大将軍が「令外の官」だったのは日本史のイロハだが、菅原道真などが任ぜられた文章博士も、同じように「令外の官」であったことを、数分前まで知らなかった……そもそも文章博士という官職(学位ではない)が、どのような法規によって設置されたものであるか、考えたこともなかったのだが。

 中国唐朝の「令」に倣った日本古代の「令」は、儒学を教授する者として「大学博士(明経博士)」を置くことだけが定められていた。しかし日本では、儒学よりも「漢文による文学」や「漢文による史学」の方が持て囃されたため、それらを担当する文章博士が別に設置されたという訳であるらしい。ナルホド。
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by nazohiko | 2013-02-23 23:40 | ◇見聞を誌す

けふはコペルニクスの誕生日なり

 今日は、地動説の提唱で知られる天文学者「ニコラウス・コペルニクス」ことミコワイ・コペルニク(1473-1543)の誕生日であり、それに因んでGoogleのロゴが、英国海軍本部の収蔵する(The Admiralty Collection)、コペルニクスの説による天文図を意識したものとなっている。

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 私が留学(英国に行ったのではないが)を始めた頃、自分用と客人用に、それぞれコペルニクスとティコ・ブラーエ(1546-1601)に基づく天文図をプリントしたカップを、現地のデパートで買い求めた。どちらも英国海軍本部収蔵の絵図を用いた、スタッフォードシャー製のボーン・チャイナであり、帰国の後も今に至るまで愛用している。

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 左側のカップに描かれているのが、ブラーエの説による天文図である。ブラーエは、太陽の周りを惑星たちが回ることを認めつつも、その太陽が地球の周りを回るという、天動説と地動説を折衷したような考えに落ち着いた。それを図示すると、中心の異なる複数の円軌道が描かれることになる。コペルニクスの純粋な地動説に基づく、すっきりとした同心円の連なりと比較してみてほしい。

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by nazohiko | 2013-02-19 01:02 | ◇見聞を誌す