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プーランクの「オルガン、絃楽、ティンパニのための協奏曲」



フランシス・プーランクの「オルガン、絃楽、ティンパニのための協奏曲」。

オルガンと管絃楽が対等に組み合わされるタイプの楽曲は、
オルガンのパートが(悪い意味で)デジタル、かつ大味に聞こえてしまいがちだ。
私のようにオルガンに親しみの薄い者にとっては、
極端な言い方をすれば「管絃楽の邪魔」でしかない代物として、
音の前景に立ち塞がるようなイメージを抱かされることさえ、しばしばある。

この、プーランクが1936年に完成した協奏曲は、
ぜひとも楽譜の画像を目に入れながら、演奏を聴いていただきたい。
楽曲の各部分(或いは一瞬一瞬)において、
そこに設けられた「響きの構造」や、作曲者が「各楽器にやらせたかったこと」が、
ひとつひとつの音符を丁寧に追いかけることなく、
楽句や和音のかたちを漫然と俯瞰しているだけでも、
手に取るように分かる、分かる、分かる。

この曲は、オルガンの「如何にもそれらしい」風情の独奏に始まり【0:00】、
最後も、オルガンが強奏で和音を伸ばしているところに、
管絃楽が「ジャン!」の一撃をプラスするというもので【22:43】、
とにかくオルガンの待遇が良い。

ちょっとやり過ぎの感さえある、音栓(ストップ)の取っ替え引っ替えぶりを含めて
(例えば、唐突にクラリネットもどきの音色が用いられる【16:30】)
プーランクはこの曲の制作過程において、
まずはオルガンに「オルガンっぽい音楽」を、存分にやらせることにしたのだろう。
そんな趣向の背後に、オルガン音楽の伝統に対するパロディ精神があったか否かは、
私はこの曲を幾度も聴き返してはいないので、今のところ判断が付かない。

プーランクの巧さが光るのは、オルガンという尊大な独奏楽器を、
管絃楽の陣地に、それほどまでに懐深く受け入れてみせた上で、
或る時には、オルガンには到底「ついてゆけない」音色及び運動というべき、
弦楽器による極高音域の走句を、管絃楽の側から閃かせてみるし【7:35など】、
また或る時には、オルガンと管絃楽の響きを「仲介する」ものとして、
低音絃楽器の弾奏や、ティンパニを活用する【0:23など】というバランス感覚である。

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by nazohiko | 2016-11-05 00:16 | ◆音楽を聴く
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