by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


鉄幹の靴

五人づれ著『五足の靴』を読み終わった。
与謝野鉄幹・北原白秋・木下杢太郎・吉井勇・平野万里が、
九州を旅して、紀行文をリレー執筆したものである。

徳山や京都に立ち寄りながら、
東京へ戻ってゆく過程を描いた幾篇には、
鉄幹の執筆であるらしいものが、続け様に現れる。
彼は、徳山で教職に就いていたことがあるが、
その夜景を「十四五年ぶりに眺めた」と述べるなど、
五人の中で、鉄幹でなくては発し得ない言葉が、
これらの篇には、姿を見せているのだ。

鉄幹が書いたらしい文章の一つ「月光」は、
徳山滞在記の第二篇に当たるが、
現地の風物や他のメンバーの様子は、ほとんど描かれない。
前半は、海辺で居眠った時に見た夢の記述であり、
後半は、宗教や宗教家というものに関する議論となっている。

鉄幹は、浄土真宗の僧侶の子として生まれたのだが、
「余の如き者には到底他力門での安心立命の出来難かった」ことを、
この文章の筆者は、告白する。
「他力門」という、本来は仏教用語であるものの中に、
浄土真宗だけでなく基督教を数え入れているのが、まず面白い。

浄土真宗の思想と、プロテスタントの思想の間に、
類似性や共通性を指摘する論は、
その妥当性はともかくも、今でこそ珍しくなくなっている。
しかし、1907年(ちょうど百年前)という段階で、
専門の宗教学者ではない者が、このように発言したというのは、
なかなかの独創性だと言えないだろうか。

面白さの第二は、
この文章では、「智識と感情」というキーワードで、
自身と宗教家たちの間に、線を引こうとするのだが、
「筆者=智識の人」vs「宗教家=感情の人」のように、
排反的な対立図式で、ありがちに片付けてしまわないこと。

そうではなくて、この文章の筆者は、
宗教家の「感情的な人柄」に敬意を表明しながらも、
自身を「智識と感情との併せて均等に発達した人柄」であると定義して、
故に、宗教家は自分を満足させるに足りないのだと説く。
「感情的な人柄」が、宗教家に劣らず発達していると自負するあたり、
「六分の侠気 四分の熱」を謳った鉄幹の面目躍如といったところ。

# by nazohiko | 2007-06-08 00:03
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by nazohiko | 2007-06-08 00:03 | ☆旧ブログより論考・批評等
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