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音楽の日本座敷

  もし日本座敷を一つの墨絵に喩へるなら、
  障子は墨色の最も淡い部分であり、
  床の間は最も濃い部分である。

谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』の中で、このように書いた。
外光を身に沁み込ませて、白々と透き通った障子紙ですら、
あくまで「陰」や「翳」の領分の中で、最も明度が高いものであるに過ぎず、
ひとり「明」や「陽」の世界に属して、「陰」や「翳」と対立するわけではないというのだ。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番ハ長調、通称「ヴァルトシュタイン」を、
往年の名匠、クラウディオ・アラウが弾くのを聴いて、
谷崎が、日本座敷について述べた言葉を思い出した。

  映像ファイルA 第1楽章(途中まで)
    http://www.youtube.com/watch?v=ztIT9RLuhD4
  映像ファイルB 第1楽章(承前)、第2楽章(全部)、第3楽章(途中まで)
    http://www.youtube.com/watch?v=nMaKH9dVkBs
  映像ファイルC 第3楽章(承前)
    http://www.youtube.com/watch?v=1qW2z5xd9yM

やや濁り気味の和音が律動する低音域(主に左手が受け持つ)と、
くっきりとした軌跡で動きまわる高音域(主に右手が受け持つ)による、
いわば「ひとり二重奏」が、この曲の面白さの一つである。
古典派の音楽としては型破りな、和声進行や転調も目立つ。

低音域と高音域の性格的対照や、聴き手の不意を衝く転調ぶりを、
思いっきり前面に押し出してみせるのが、この曲の一般的な演奏スタイルになるだろう。
ところがアラウは、この曲を「一つの墨絵」として響かせたのだ。

アラウの演奏する「ヴァルトシュタイン」は、
低音域が醸し出す「濃い墨色」を、音楽の確固たる基調として、
高音域の光彩を、あくまで「墨色の最も淡い部分」として扱う。
転調によってもたらされる、音楽の流れの変化についても同様であり、
「陰」や「翳」の領分におけるグラデーションの妙として、
楽曲のすべてが表現されると言っても、過言ではない程だ。

「墨色のグラデーション」としての低音域と高音域については、
例えば、第1楽章の第1テーマ(映像ファイルAの0:43から)を、
同じく「墨色のグラデーション」として表現された転調については、
引き続き、同じ楽章の第2テーマ(1:43から、ホ長調に転じて開始)を、
聴いていただければ、その一端をお分かりになるだろう。

このような演奏スタイルが、最も本領を発揮するのは、
第1楽章の「展開部」(映像ファイルAの6:00から)や、
第3楽章の「終結部」(映像ファイルCの5:32から)のように、
既に出てきた旋律や音型が、音域や調性を目まぐるしく替えながら、
繰り返して奏でられる場面である。

或る時は、「墨色の濃淡」の距離が大きめのグラデーション、
或る時は、「墨色の濃淡」の距離が小さめのグラデーション、
或る時は、「墨色の淡い部分」に偏ったグラデーション、
或る時は、「墨色の濃い部分」に偏ったグラデーションといった風に、
「陰」と「翳」が支配する「音楽の日本座敷」を、
伸縮自在・軽重自在のタッチで、余す所なく描き出してくれるのだ。

谷崎は、日本座敷に身を置いた時の心持を、

  そこの空気だけがシーンと沈み切つてゐるような、
  永劫不変の閑寂がその暗がりを領してゐるような感銘を受ける。

と、表現した。
アラウの演奏する「ヴァルトシュタイン」に触れて、私が受けた感銘も、
結果として、谷崎の場合とほとんど同じである。

# by nazohiko | 2007-05-19 18:07
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by nazohiko | 2007-05-19 18:07 | ☆旧ブログより論考・批評等
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