by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko
最新の記事
4月1日
at 2017-04-01 21:12
君よ知るや「カニのタルト」
at 2017-03-31 15:18
君よ知るや汝窯の青磁水仙盆
at 2017-03-09 23:15
君よ知るや台湾紅茶と台湾ウィ..
at 2017-03-08 21:30
当たり前ポエムと言えば……。
at 2017-03-08 00:32
カテゴリ
全体
◆小説を読む
◆小説を読む(坊っちゃん)
◆論考を読む
◆詩歌を読む
◆漫画を読む
◆動画を視る
◆音楽を聴く
◆展覧を観る
◇詩歌を作る
◇意見を書く
◇感想を綴る
◇見聞を誌す
☆旧ブログより論考・批評等
☆旧ブログより随想・雑記等
☆旧ブログより韻文・訳詩等
☆旧ブログより歳時の話題
★ご挨拶
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 03月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 02月
2014年 04月
2013年 07月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 08月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2003年 08月
2003年 07月
2001年 04月
検索


吉野秀雄の『寒蝉集』(3)

そんな『寒蝉集』の白眉は、
妻の病逝の前後を描いた、歌集冒頭の「玉簾花」101首や、
同じく序盤に置かれた挽歌「彼岸」13首ではなく、
しばらく旅行詠が続いた後、歌集のちょうど真中に現れる
「病臥二旬」20首(末尾に「紅梅」2首を附す)であると思う。

●吾妹子(わぎもこ)が位牌の前に血しほ吐き事態をなげくゆとりだもなし
●血をはきし病の床(とこ)に腕伸べて柱をたたく何のなぐさぞ
●関東地区空爆の夜なり痰壺を闇につかみて血を吐くわれは
●大挙夜襲を告ぐるラヂオの一点の燈(あかり)みつめて病めば苦しゑ
●夜襲爆撃のあやしき闇にたまきはるいのち潜めて血ははき吐きつ
●折からの庭の菜の花雪柳瓶(かめ)に盈(み)てしめて血を吐きくらす

芝居臭さと紙一重のハイ・テンションで始まった一連は、

●枕より一人静(ひとりしづか)の鉢みれば春深むまで病みこやりけり
●薬のむ毎に吸呑(すひのみ)の水かけてひとりしづかの鉢をつちかふ

これら2首から成る、つかの間の緩徐楽章をブリッジとして、

●病牀(やみどこ)に香りをおくる沈丁花植ゑにし妹(いも)のまたかへらめや

と、歌集を統べる「妻との死別」の主題と合流してゆく。
(万葉語の「妹」が妻を指すことは、注記するまでもなかろう)
その途端に、この一連は最大音量に到達するのだ。

●仏妻(ほとけづま)口がきけぬをうつたふる世にも悲しき夢見つるかも

これより後の6首は、蛇足と言い切ってしまっても悔いはない。

とはいえ、そういう印象は、
あくまでインパクトの度合についての話であって、
附録の「紅梅」2首を含めたラスト3首は、
一連の結びとして、十分に存在意義を備えている。

●枕辺の春も逝くべく花すもも緋の毛氈(まうせん)に散りかかるなり

 (以下「紅梅」)

●紅梅をふたたび君の給(た)びしかば紅梅の瓶(かめ)に紅梅を挿す
●わが壁の多胡(たご)のいしぶみの墨摺(すみず)りにかなひて映えつ紅梅の枝

結核の悪化による吐血の色として、
一連の前半に、あれほど横溢していた赤色が、
「赤は血の色」というイメージを、最後まで引きずりつつも、
ここに至って、花弁や毛氈という
「春っぽい物」の色へ転化させられてゆく。

なおかつ、とりわけ「紅梅」2首においては、
紅梅という赤いもの(どうしても血を連想させるもの)が、
「紅梅の瓶に紅梅を挿す」や
「いしぶみの墨摺りにかなひて映えつ」のように詠まれることで、
病者の心身が、秩序を回復しつつある様を暗示するのである。
一連の前半では、悲愴な登場の仕方をしていた「瓶」が、
喜ばしい器として再登場してきたことも、注目に値するだろう。

【旧ブログには画像あり】

画像は、群馬県に現存する「多胡碑」の拓本。
これが、「多胡のいしぶみの墨摺り」である。
奈良時代の初期に、多胡郡の設置を記念して建てられた。

※続く

# by nazohiko | 2007-02-03 00:53
[PR]
by nazohiko | 2007-02-03 00:53 | ☆旧ブログより論考・批評等
<< 年の内に春は来にけり 吉野秀雄の『寒蝉集』(2) >>