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ベートーヴェンの「第九ジュムフォニー」

『ベートーヴェンの「第九ジュムフォニー」』という本を読了。
著者は田村寛貞、1924年(大正13年)に岩波書店から刊行された。
正確に題名を言えば、「ム」も小さい活字で刷られている。
"Symphonie"というドイツ語の中の、母音を伴わない"m"を、
著者は、このようにカタカナ表記してみたわけである。

  今や終に其時は來た。
  疲れ果てた心を振り起して、
  此處に吾人は『歡喜の歌』を謠はうとはする!

ひどく熱っぽい言葉で、この本は書き起こされるが、
それもそのはず、
第9交響曲の初演から、ちょうど100年を数える1924年に、
日本で初めての完全演奏が行われたのだが、
その企画とタイ・アップする形で、執筆された本なのである。
そして、これが、
日本で初めての、第9交響曲に関する学術書となった。

この時の演奏会は、
東京音楽学校(現・東京芸術大学)の人員によって行われた。
それよりも6年前に、徳島の捕虜収容所で、
ドイツ人の捕虜によって全曲演奏されたことがあり、
「バルトの楽園」という映画によって、少々有名になったが、
合唱・独唱ともに男性だけで編成したり、
いくつかのパートを、他の楽器で代奏したりと、
本格的な日本初演と呼ぶには、不満の多いものであった。

1924年の「我日本に於ける初回演奏の嚴かなる響」は、
洋楽好きで知られた徳川頼貞侯爵(紀伊徳川家)と、
東京音楽学校の教授グスタフ・クローンの尽力によって、
ようやく実現に漕ぎつけたらしく、
この本の「序言」にも、両氏への謝辞が記されている。

ちなみに、我が敬愛する内田百間の随筆に、
「徳川侯爵の音楽堂」に通いつめた頃の回想が出てくるが、
徳川頼貞は、その「南葵楽堂」をプロデュースした人でもある。

さて、『ベートーヴェンの「第九ジュムフォニー」』は、
下記のような構成を取る。

  口絵(ベートーヴェン肖像、第9交響曲の自筆楽譜など)
  序言
  第一章 總説
  第二章 由來
  第三章 標題樂的解説
  第四章 純音樂的解説
  第五章 各國に於ける初回演奏
  第六章 終樂章の問題
  第七章 シュポーァ、メンデルスゾーンの酷評、ワーグナーの努力

冒頭の「序言」が、なかなか長いのであって、
欧州における第9交響曲の研究史を、
実にたくさんの欧文書籍を挙げながら、批評する部分となっている。
「H. Schenker: Beethovens Neunte Sinfonie」なる文献の
得失を論じる箇所に至っては、本格的な書評と呼ぶに値するほどだ。

「第二章 由來」では、
ベートーヴェンの遺したノートブックや、
弟子たちによる実録に拠りながら、
いくつもの譜面を掲げつつ、
第9交響曲の成立過程を追いかけてゆく。
第1楽章から第3楽章までのグループと、合唱の入る第4楽章が、
本来は、別個の交響曲として制作されていたことや、
それゆえに、第3楽章と第4楽章をどのように繋げればよいか、
試行錯誤が繰り返されていたことに、
記述の重点が置かれており、博引旁証ぶりが頼もしい。

ゲーテの劇詩『ファウスト』を、処々に引用しながら、
「比喩的觀念の媒介による朧げなる共通的情緒の喚起」を試みる
「第三章 標題樂的解説」と、
音楽構造の計量的な分析に徹した「第四章 純音樂的解説」が、
隣り合って掲載されるというのも、面白いと言える。

「第五章 各國に於ける初回演奏」と、
「第六章 終樂章の問題」を経て、
「第七章 シュポーァ、メンデルスゾーンの酷評、ワーグナーの努力」は、
第9交響曲が、初演当晩の熱狂的な喝采とは裏腹に、
その後しばらくの間は、なかなか理解者に恵まれず、
シュポーアやメンデルスゾーンのような炯眼の音楽家ですら、
第9交響曲の真価を見出せなかったことを、滔々と語る。
そして、ベートーヴェンの後継者を自認したワーグナーが、
万難を排して演奏会を準備し、自ら解説文を綴り、指揮棒も執って、
1846年にドレスデンで第9交響曲を演奏して以来、
「全世界の音樂中最も驚歎す可き樂曲の一つ」として、
次第に認知されていったことを告げるのである。

第9交響曲を、既成の世界的名曲としてアリガタガルのではなく、
作曲者ベートーヴェンや、顕彰者ワーグナーの苦闘を、
読者にありありと追体験させるような、この本の執筆姿勢は、
第9交響曲の日本初演に携わった人々の心意気を、今に伝えてくれる。
その一方で、これほどまでに充実した解説書が、
今とは比較にならないほど、レコードも洋書も入手が難しかった、
当時の日本で書き上げられたことに、私は敬服を惜しまない。

# by nazohiko | 2007-01-24 01:25
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by nazohiko | 2007-01-24 01:25 | ☆旧ブログより論考・批評等
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