by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


ファウスト

私の『ファウスト』に音楽を付けてもらうとしたら、
モーツァルトの他に考えられないよ……と、
ゲーテが語ったと伝えられている。
モーツァルトが没してから、ずっと後の話である。

なぜなんだろう?

戯曲の主人公ファウスト博士は、
自身の信念について熱弁を振るえば振るうほど、
その言葉が、究極のところで本音から乖離してゆくようだ。
どことなく、私にそんな疑いを起こさせる。
むしろ、ポロッと漏れ出た一言によって、
思いがけず心の底を覗かせるシーンが、彼には幾つかある。

「私自身にも、似たような傾向があるから、
そういう人物像を、敏感に察知できるのだ」と
ナルシスト気味な正当化を試みることも、可能ではあるが、
「お前は、お前自身に似た人物像しか認知できないから、
ファウスト博士にも、お前自身を投影してしまうのだ」と
反論されれば、迎撃のしようがない。

そこで、きょろきょろと傍証を探してみるに、
『ファウスト』にテーマや歌詞を求めて、
実にたくさんの作曲家が、楽曲を作ったけれども、
ファウスト博士の台詞を、歌詞にしたものは主流でない。
少なくとも、成功作と呼ばれる楽曲について言えば、
悪魔メフィストフェレスや少女マルガレーテなど、
ファウスト博士以外に取材した作品が、多いようである。

これは、ファウスト博士が、
あれほど自分のことばかり語っていながら、
そのくせ、言葉を額面通りに受け取るわけにはゆかない、
明快な把握の難しい人物であるために、
眼力のある作曲家たちには、敬遠されたということを、
意味するのではないだろうか?

飜って、モーツァルトという作曲家のことを思うに、
彼は歌劇「ドン・ジョヴァンニ」において、
本心を一度も吐露しない主人公を、見事に造型してのけたし、
最晩年の歌劇「魔笛」では、
聖者として崇められるザラストロに、
荘厳で重厚な響きの隙間から、
彼の卑小さが、ちろちろと垣間見えるような音楽を与えた。

そんなモーツァルトの空前絶後な表現手腕に、
ゲーテは、ファウスト博士を託したかったのかもしれない。
これが、私のとりあえず想像するところ。# by nazohiko | 2006-12-05 21:41
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by nazohiko | 2006-12-05 21:41 | ☆旧ブログより論考・批評等
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