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坊っちゃん

某国の友人が、日本語のクラスで、
夏目漱石の『坊っちゃん』を習っていて、
ときどき私に質問をよこしてくる。

ここしばらくは、
20年ほど前に読んだままの記憶に任せて
受け答えしてきた。
記憶の程には自信があるし、
語彙や文法の説明に苦はないから、
それでも十分に用が足りたのだが、
せっかくだから
この機会に読み直そうと思って、
岩波文庫版を買ってきた。

そして、ショックを受けた。

日露戦争の祝勝会という場面があるので、
坊っちゃんの四国赴任と電撃辞職は、
1905年だったことが分かるというのは、
前々から知っていたことだが、
平岡敏夫の巻末解説によれば、
この小説が発表されたのは、
なんと1906年の4月だったのである。

つまり、坊っちゃんが一人称で語るのは、
大半が「去年のこと」に属するのだ。
3年から5年くらい昔のことを
回想するという設定で書かれた物語だと、
私は、これまでずっと思い込んでいた。

いっそう衝撃的だったのは、
清の病没した「今年の二月」も、
おのずから1906年2月に特定されることである。
坊っちゃんの辞職と帰京が、
1905年の晩秋であることと考え合わせるなら、
帰京後の坊っちゃんと清は、
念願であった、再度の同居生活を、
わずか数ヶ月しか
実現できなかったという計算になるのだ。

坊っちゃんファンであり、
清ファンでもある私としては、
もうちょっと長い時間を、
二人には、共に過ごしてほしかったのだが、
平岡解説によれば、
坊っちゃんの四国赴任の頃(1905年秋)から、
清の体調が、既に悪くなりつつあったらしい描写を
読み取れるのだというから、仕方がない。

そして、
坊っちゃんが自身の半生を語り出すのは、
四国赴任から数えれば、ほんの半年後、
清の逝去から数えれば、ほんの1~2ヶ月後のこと。
兄や山嵐とは、あれから一度も会っていないという
言葉の意味するところともども、
『坊っちゃん』の読み方が、
私の中で、これから変わってゆくに違いない。

※今年で『坊っちゃん』発表100周年、 清の没後100周年でもあるわけですね。

# by nazohiko | 2006-11-20 12:06 | 論考・批評 |
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by nazohiko | 2006-11-20 12:06 | ◆小説を読む(坊っちゃん)
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