ベートーヴェンを探偵役にした推理小説があるのを、ご存知だろうか。
森雅裕の『モーツァルトは子守唄を歌わない』である。
けっこう前に、講談社文庫に入っているのを買ったのだが、
残念ながら、今は絶版になっているらしい。
モーツァルトの真の死因をめぐって、
ベートーヴェンが、ぶつぶつ言いながら駆けずり回る。
この主人公にどこへでも付き随うのが、弟子のチェルニー。
ピアノの練習曲で有名な、あのチェルニーである。
学生時代のシューベルトも登場するし、
映画「アマデウス」ではモーツァルト謀殺の首謀者とされた、サリエリの姿もある。
音楽史上のエピソードを、ストーリーの急所急所に織り込みながら、
それでいて天衣無縫のドタバタ喜劇を繰り広げてゆく、忘れがたい一篇だ。
続篇として『ベートーヴェンな憂鬱症』があり、
また、ブラームスが探偵役となってワーグナーと対峙する、
『自由なれど孤独に』という作品もあるけれども、
シリーズ第一弾の『モーツァルトは……』には、ついに及ばなかったと思う。
ちなみに、挿絵は魔夜峰央の手になる。
パタリロそっくりに描かれたモーツァルトが、ひとつの見ものだ。
この小説の中で、皆がやっきになって追いかけ回す、
亡きモーツァルトの後ろ姿は、なるほどこんなイメージかもしれない。
# by nazohiko | 2006-11-12 10:17