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□□

カンボジアの死(注、文民警官戦死)の扱ひが気にくはぬ成るつたけ薄く引けマーガリン

カセット(注、フォーレ小品集録音のため)を女は買へり男あり自転車の泥磨きて待てり

□□(注、空白は白きが故にどちらかが先立つといふ女男のかなしみ)


岡井隆の17番目の歌集『神の仕事場』(1994、砂子屋書房)より。
「五月五日」と題された、5首から成る連作から抜粋してみた。

短歌の31拍には含まれない「注」が、
ひとつひとつの作品に挿入されてゆくという形で、
連作が進行していった末に、
最後の1首でどんでん返しを迎える。
「□□」という2個の四角形が、その本文なのであり、
短歌の形を取ったものは、「注」の立場に回されてしまうのだ。
ちなみに、「空白」と「女男」には、
それぞれ「ブランク」と「めを」のルビが付けられている。

1993年頃の「短歌研究」誌に、
加藤治郎が、このラスト1首について書いていたのを記憶している。
記号短歌(文字ではないものを組み込んだ短歌)に関する文章の中で、
そうした歌のひとつの究極(「岡井マジック」)として、
加藤は「□□」の歌を解説していたのだったが、
私は、記号短歌づくりにおける発想転換の凄さに
十分な敬意を覚えながらも、
むしろ一個の人形劇として、この作品に大きな魅力を覚えたものだ。

文楽で使われる人形を、思い起こしてほしい。
表情が(ほとんど)変化しない故にこそ、
非情な悲劇に、一層の非情味を添わせる、
白い木彫の人形である。
いつも硬い表情をしているからこそ、
却って千変万化の陰影を、
観客に幻視させてくれる人形であるとも言えるが、
私は「□□」に、そんな2体の文楽人形を連想させられた。
そして、韻文形式で綴られた「注」は、
人形から一歩離れた場所から語られる、浄瑠璃である。

私は、2つの四角形の上に、
向き合う「女男」の生々しい表情が、
いくつも浮かび上がってくるような気がした。
また、「どちらかが先立つ」という非情な真実が、
あえて短歌的独白の形では歌われず、
記号短歌(文楽人形)に付き添う、三人称の「注」(浄瑠璃)という
立ち位置から発せられることによって、
「どちらかが先立つ」宿命の非情さや、
そのように自覚している「女男」や、
ひいては岡井自身のものでもあろう「かなしみ」を、
より鮮烈に、目の前に突きつけられるように思われたのである。

附言しておくが、
「五月五日」の残り4首に付けられた「注」は、
決して、最後の1首を引き立てるためだけに存在するのではない。

例えば、連作の2首目に置かれた「カンボジアの死……」の歌だが、
「文民警官戦死」という散文的な言葉が、
韻律の流れを中断する「注」として、暴力的に入ってくることにより、
この1首は、「カンボジアの死(者)」とそれをめぐる感情に、
騒々しいリアリティを与えることができたのである。
「岡井マジック」は、ここに成就したと言える。# by nazohiko | 2006-10-28 00:26
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by nazohiko | 2006-10-28 00:26 | ☆旧ブログより論考・批評等
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