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再び紀野恵のこと(2)

とはいえ、近年の紀野には「新古今調」や「新古典派」といったレッテルを、甘んじて受けなければならない部分があるようだ。

『さやと戦げる玉の緒の』(1984)、『フムフムランドの四季』(1987)、『閑閑集』(1988)、『水晶宮綺譚』(1989)、『奇妙な手紙を書く人への箴言集』 (1991)が相次いで刊行され、これらに基づいて自選歌集『二つのワルツ風アラベスク』や、『現代の短歌』掲載分(共に1991)が編まれるまでを、「前期紀野恵」の歌業と呼ぶことにするなら、この時期の作品に関する限り、紀野は『新古今和歌集』を初めとする古典と、確かに易々と戯れていたと言える。この時期の紀野は、平安時代や鎌倉時代の文芸に現れた語彙もモティーフも、自家の薬籠に整然と収めた上で、それらを詩心の赴くままに駆使してみせることができた。

しかし、6冊目の新作歌集『架空荘園』(1995)を境として、紀野と古典のパワーバランスは破綻してしまったのである。これ以後の「中期紀野恵」は、悪循環的な自己模倣を通じて「新古今調」或いは「新古典派」に収束していったのであり、言い替えれば、「かつて支配した相手に、今度は紀野自身が絡め取られる」形において、もはや「前期紀野恵」の天衣無縫な詩心の発露が見られなくなった短歌を、粛々と生産するようになった。「新古典調」や「新古典派」といった自己規定が先行するタイプの、ルーティーン気味な作品である。

それらが「職人的な擬古」あるいは「古歌の贋作」として優等であれば、「前期紀野恵」とは別の評価基準によって賞玩することもできよう。だが「中期紀野恵」は、あくまで現代歌人紀野恵としての自我表現を諦めてはいないようなので、その作品は読者をもどかしくさせるのだ。「小生の詩」をスローガンに立てた与謝野鉄幹が、やがて陥ってしまった自縄自縛の状態と、「中期紀野恵」の停滞には、通じるものがあると言えるかもしれない。

上に「近年の紀野」と書いたが、デビュー歌集『さやと戦げる玉の緒の』から『架空荘園』までが11年、『架空荘園』から『La Vacanza』(1999)と『午後の音楽』(2004)を経て、現在に至る時間も同じく11年である。『二つのワルツ風アラベスク』の発刊や『現代の短歌』への寄稿と並行して、『架空荘園』収録歌の制作は始まっていただろうから、「中期紀野恵」は既に15年を閲しているという計算になる。紀野ファンである私には、ほんの一瞬のように錯覚されるけれども、天の岩戸は長らく閉じたままなのだ。

もちろん紀野の近作にも、「前期紀野恵」が健康に成長を続けたかのような秀歌があるし、「新古今調」や「新古典派」への傾斜を打破したいという意欲も、枯れてはいない気配だ。「中期紀野恵」がこれまでに発表した『架空荘園』『La Vacanza』『午後の音楽』の3歌集には、漢詩(それも手垢の少ない宋明時代の詩)やイタリア・ルネサンス文化など、「前期紀野恵」が取り組むことの少なかった題材を、まとまった形で導入するようになった。特に『La Vacanza』は、その題名が示す通りに「イタリアもの」の歌集となっており、私は紀野の復活を予感したものだが、しかし現段階の紀野は、自在に戯れたり十全に支配したりできるほどには、これらの新しい語彙やモティーフに慣れていないようである。今後の動向を注視したい。

また、「中期紀野恵」は(私の知る限り)5年ほど前から、連句の分野でも活動するようになった。紀野のホームページ「静かな海と楽しい航海」には、不正転載を避けるためかもしれないが短歌は一切掲載されず、紀野の参加した連句が合計6巻アップロードされている。いずれも「新古今調」や「新古典派」の自己制約に封じ込まれない、闊達な筆致だ。個人プレイである短歌制作とは違って、宗匠や連衆との関係の中で、自身の果たすべき役割が刻々と変わる連句という場に、紀野は歌人としての突破口を求めているのかもしれないが、このまま連句家紀野恵の本格的開花を心待ちにしたいところでもある。# by nazohiko | 2006-10-10 19:37
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by nazohiko | 2006-10-10 19:37 | ☆旧ブログより論考・批評等
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