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機内でワーグナー(4)

なおかつ、「オランダ人」が海上放浪の運命に終止符を打ったのは、ゼンタに「救済していただいた」からではない。彼のために「命をささげてつくす」覚悟で、俗世からの使者(そう呼ぶには、エキセントリックに過ぎる女性ではあるが)として現れたゼンタが、その言葉通りに海上(「オランダ人」が住処としてきた世界)へ投身自殺するのを目の当たりにして、彼は主体的に「俗世との和解」を決意したのだと解するべきだろう。それは「陸上でも生活できるようになること」ではなく、「愛船もろとも木っ端微塵となり、ゼンタの霊と共に昇天する」という神話的な方式によるものだったが、ともかくも彼は和解という形を取ったのだ。

なぜなら、ゼンタが入水して身の証を立てる直前、彼女に裏切られたと勘違いしていた「オランダ人」は、再び出帆しようとして告別の言葉を投げかけるが、そこに悲嘆の色は見受けられても、自らを全否定するほどの絶望には達していないようだし、ましてゼンタにすがり付くような口調も現れてこない。長く連なった台詞(歌詞)の、特に結尾の部分から私が酌み取るものは、「世界のどこの海でたづねても、大洋を航海するどの船乘りにきいても、この船を知らない者はない」ほどの存在感を放射しつつ、今後もずっと「あらゆる信心深い人々の恐怖の的」として生きてゆくべき我が身に対する、強靭な居直りと自己鼓舞である。

彼は同じ箇所で、「私にまごころを誓つておいて、しかもそれを破つたやうな者の運命、それは永遠の劫罰ですから。ああその掟てゆゑにいかに數多くの者が私の犠牲になつたことでせう」とも宣告する。しかし、ひたすら「罰を受けた者」を自認する彼であったならば、どうして他人に「永遠の劫罰」を下す権限など持ち合わせていようか。彼は良くも悪くも、へりくだることを知らないタイプの人物であるようだ。へりくだろうとしない者には、如何なる「救済」も天降ることがない。

もうちょっと穿ってみるなら、彼が数百年あるいは数千年にわたって「命をささげてつくす乙女」を得られないままであったのは、そのような女性に出会わなかった(最後に裏切るような女性にしか出会えなかった)からというより、せっかく俗世から手を差し伸べてくれた「命をささげてつくす乙女」たちに向かって、いまひとつ胸襟を開けないまま、遂に自ら心を閉ざしてしまった事例が多かったのかもしれない。

そして、責任転嫁もしくは照れ隠しの衝動に任せて、罪もない彼女たちを「犠牲」にしてしまったのだろう。「犠牲」という言葉からは、「あれらは正当な処罰や復讐ではなかった」という後ろめたさが覗われるのであり、つまり「オランダ人」は、「命をささげてつくす乙女」たちに対し、あくまで強者の立場に固執してきたことが察せられる……ゼンタの入水に揺さぶられて、「俗世との和解」に踏み出すまでは。「和解」とは、人と人が対等の立場で向き合うことから始まる、化学反応のようなものである。

※続く

# by nazohiko | 2006-09-15 00:35
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by nazohiko | 2006-09-15 00:35 | ☆旧ブログより論考・批評等
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