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ヴェネチアの紋章

もうちょっと「あの頃の宝塚」の話をしよう。

当時の宝塚では(今もそうなのかな?)
ミュージカルやレヴューの中に、
クラシックの名曲が、ときどき織り込まれていた。

最も成功した例として、思い出されるものが2つある。

***

ひとつは、90年月組の「ル・ポァゾン」の中で、
(昨日の日記に「89年」と書いたのは、誤りでした)
王女に扮したこだま愛が歌った、
マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲。

この公演で宝塚を勇退したこだま愛は、
休憩時間前の演目「川霧の橋」でも、
澄んだ高音域とセクシーな低音域を交錯させながら、
当時の娘役ではピカイチの歌唱を聴かせてくれたものだ。

私が好んで弾く「ル・ポァゾン」の主題歌にも、
高音域と低音域で表情の変わる、こだま愛の歌い口が活かされていて、
この曲の場合には、だいたい「1点C」
(中央より1オクターヴ上のド)が、分岐点になっていたようだ。

***

もうひとつは、91年花組の「ヴェネチアの紋章」に使われた、
チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」である。

長きに及んだイタリア旅行をきっかけに作曲された、
「チャイコフスキー作品の中でも、例外的に楽天的な曲」として
紹介されることもある、舞曲スタイルの管絃楽曲だが、
私は初めて聴いたときから、表面的には華麗であるけれども、
むしろ「はかない輝き」や「つかのまの夏」といった言葉を連想させる、
悲哀や感傷をバックボーンとした音楽として、受け止めてきた。

「ヴェネチアの紋章」の中では、
アルヴィーゼ役の大浦みずきと、リヴィア役のひびき美都が、
モレッカ舞曲を踊る場面(物語前半の見せ場)と、
大詰めの、ヴェネツィアの街が謝肉祭に沸く場面で、
この「イタリア奇想曲」が演奏されたのである。
大詰めでは、死んだアルヴィーゼとリヴィアに「瓜二つの男女」が、
快速調の「イタリア奇想曲」をバックに、舞台の奥を横切ってゆき、
生き残った登場人物たちに、一瞬の驚きを与える。

野望にあふれるヴェネツィア貴族の私生児、アルヴィーゼの、
短くも情熱的であり、行動的であった生涯を象徴する音楽として、
「イタリア奇想曲」は、その本質を惜しみなく発揮したと思うのだ。
今なお、この曲を聴く度に、
私の脳裡には、「ヴェネチアの紋章」の舞台がよみがえる。# by nazohiko | 2006-07-15 01:02
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by nazohiko | 2006-07-15 01:02 | ☆旧ブログより論考・批評等
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