by 謎彦 by なぞひこ
by Nazohiko


謎太郎の日記(3)

「あらゆる芸術は、音楽の状態に憧れる」と言った人がいる。

私は受け入れない。

「あらゆる演劇は、儀式の状態に憧れる」と言った人がいる。

私は受け入れない。

これらは、気の利いた文句ではあるけれども、
また、クレーの絵画やワーグナーの楽劇のように、
これらの言葉に当てはまりそうな、具体的な作品を、
私は少なからず知っているけれども、
「あらゆる」という語が使われていること、
つまり、全称命題もしくは本質論として語られていることに、
私は抵抗を覚えるのだ。

音楽の状態に憧れない芸術や、
儀式の状態に憧れない演劇が、
今まで、1つも存在しなかったのか、
(或いは、そもそも存在できなかったのか)
今後も、1つとて存在しないのか、
(或いは、そもそも存在できないものなのか)
私には、ちょっと見当が付かないからである。
だから、怱卒な断言に聞こえてしまう。

かくいう私は、
私自身として音楽の状態に憧れ、
私自身として儀式の状態に憧れる。

それはつまり、
私の思考や情動が、限りなく音楽の状態に近づくこと。
私の身振りや存在感が、限りなく儀式の状態に近づくこと。
途方もない憧れだけれども。

もし、これらの言葉を発した昔の人たちが、
私と同じような心根を、秘かに持っていたのならば、
彼らに、こう呼びかけてあげたい。
「もっと単刀直入に、心の内を言えばよかったのに」と。# by nazohiko | 2006-07-05 00:25
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by nazohiko | 2006-07-05 00:25 | ☆旧ブログより論考・批評等
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