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トゥーランドット(5)

アルファーノは、プッチーニの未熟な弟子だったのではなく、既に一家を成すオペラ・メーカーでした。インドに題材を取った歌劇「シャクンタラ姫」を作った経験もあり、オリエンタル趣味な「トゥーランドット」に補筆するには、十分な力量を備えていたと言えるでしょう。しかし、アルファーノの作曲した部分を、トスカニーニがあえて大幅カットした理由は、アルファーノが下手糞だったからではなく、むしろ彼が「一家を成すほどの作曲家」だったことに求められたのです。トスカニーニがカットしたのは、主に「個性が見えすぎる」と判断した箇所だったと伝えられます。プッチーニとアルファーノの音楽語法の違いについて、私は直感的にしか把握する力がありませんが、なるほど本来のアルファーノ版は、現行版よりも魅力的ですが、それだけに「別人による補作」というイメージを拭いがたいようです。

このことからは、アルファーノの譜面のうち、トスカニーニが留め置いた部分は、まさに旋律の印象が薄い(アルファーノの刻印が淡い)からこそ留め置かれたのだろうとも推測できるでしょう。なおかつ現行版の第3幕後半は、とにかく賑やかな音楽で埋められています。音楽の品質や流れは犠牲にしてでも、アルファーノの個性が表に出てしまうことを避け、少々あっけなくても浅薄でも構わないから、派手にチャンチャンとまとめてしまおうと、トスカニーニは目論んだというわけです。

話がモーツァルトの「レクイエム」に戻りますが、現在「レクイエム」が多種多様な補作版で演奏されているのと異なり、「トゥーランドット」はまだまだ現行版が圧倒的に支持されているようです。このことを考え合わせても、現行版は現行版で1つの見識なのだろうと思うところではあります。ジュスマイヤー補筆の「レクイエム」も、モーツァルトの絶筆となった第8曲「涙の日」を、取って付けたような和音2つで締めくくっており、物足りない感じを誘われるのですが、かといってフーガを付け足した現代の補作版を聴くと、あくまでモーツァルトの旋律に基づいたフーガだそうですが、今度は楽曲が偽物臭さを帯びてしまいます。「トゥーランドット」についても、トスカニーニはそれを危惧したのでしょう。

(つづく?)

# by nazohiko | 2006-05-04 01:12
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by nazohiko | 2006-05-04 01:12 | ☆旧ブログより論考・批評等
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