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トゥーランドット(3)

捉え方が変わる契機になったのは、最近になってカラヤン指揮のCD(1982録音)を聴いたことでした。「三大テノール」の次兄ドミンゴがカラフ役を歌う「誰も寝てはならぬ」の中程、件の女声合唱が聞こえてくる所で、カラヤンはぐっとテンポを落としたのです。明らかに「この合唱は、添え物ではない」とアピールするようであり、耽美的な合唱の声音は、むしろ物語がカタストロフィに終わることや、その結果としての死を待ち望んでいるようですらありました。

私は、今ではこのように解釈しています。「われらには死あるのみ」の女声合唱も、カラフの内なる声に他ならない、と。命を賭けた大博打に、我と我が身を飛び込ませたカラフは、口では自信満々なことを言っていますが、たとえどれほど神話的な英雄であっても、「賭けの敗残者となって死を迎える」という結果もあり得ることを、意識していないはずがありません。それが女性たちの嘆声として、カラフの耳に響いてくるのです。

いや、あくまで「必ず勝利するのだ」という意欲と自信の側に重心を保っていながらも、一世一代のギャンブラーとして、カラフの心のどこかに、「敗残、そして死」という結末に憧れる部分があるのではないでしょうか。そのように「甘美な破局」へ半身を乗り出すような心持を、音楽で描こうとしたからこそ、プッチーニは「2番のサビ」の前半に女声合唱をあてたのだろうと、私は想像するのです。

同じ「レ・ミ・ファ#・ミ・レ・ミ・ド#・シ」云々のサビ旋律が、「1番」では勝利を夢みる歌となり、「2番」では(前半の数小節だけですが)死を夢みる歌になる……何と深遠な作曲術でしょう。そして、ひとときは死の花園へ誘惑されかけた視線を、自ら叱咤激励して「必ず勝利するのだ」の側に引き戻すかのように、カラフは再び「夜よ失せてしまえ、星よ沈んでしまえ」と歌い始めます。宮中の寝室にたたずんでいるであろうトゥーランドット姫に向かって呼びかけているだけでなく、あれはカラフ自身にも言い聞かせている言葉なのだ、と受け止めるがゆえに、アリアを締めくくる「私は勝利するのだ、勝利するのだ、勝利するのだ!」の高唱は、私に重厚な力強さを味わわせてくれるのです。

(つづく?)

# by nazohiko | 2006-05-04 00:50
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by nazohiko | 2006-05-04 00:50 | ☆旧ブログより論考・批評等
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