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宋詩と夢窓疎石の和歌

 新しく岩波文庫に入った吉川幸次郎の『宋詩概説』によれば、中国唐朝時代(618-907)から宋朝時代(960-1276)への変転によって、それまで権勢を誇っていた世襲貴族が没落し、試験によって採用されたエリート官僚が、新たに国家運営の主役となりました。これに伴って、詩文芸の担い手も交替したために、唐詩と宋詩の間では、内容傾向に幾つかの違いが生じたといいます。

 激烈な表現を好む唐詩に対して、冷徹な言辞を得意とする宋詩。感傷的・詠嘆的に綴られる唐詩に対して、「悲哀の止揚」を意識しながら編まれる宋詩。情緒に支配される唐詩に対して、哲学性が勝りがちな宋詩。受身意識や虚無感を漂わせる唐詩に対して、志気や自負をのぞかせる宋詩……。

 この1冊は、吉川の興味深い宋詩観を詳述することではなく、宋朝時代の詩人たちを年代順に紹介することを、主な執筆目的としています。ですから、書中に多数の宋詩が挙げられてはいるものの、吉川のいう宋詩の特色について、必ずしも好例を提供するものではないというもどかしさがあります。また、唐詩と宋詩の相違論それ自体にも、十分な紙数が割かれていないので、ステロタイプの提示に止まってしまったきらいがありますし、唐詩と宋詩が互いに異色であることの要因が、もっぱら貴族とエリートの(これまたステロタイプ気味な)気風的相違に帰せられてしまうことにも、私はいまひとつ説得力を認めることができません。

 「概説」と題された書物に、以上のような批判を述べても不毛なのかもしれませんが、これとは別の読後感として、私は2首の和歌を思い出しました。

  葛はうらみ尾花は招く夕暮をこころつよくも過ぐる秋かな

  今見るは去年別れにし花やらむ咲きてまた散るゆゑぞ知られぬ

宋朝が300年の歴史を閉じようとしている頃、鎌倉時代後期の日本に生まれた禅僧・夢窓疎石の作品です。唐詩にひとつの範を求めていた古今集の歌人たちなら、古今集をひとひねりして継承した新古今集の歌人たちなら、例えば前者の第4句には「おぼつかなくも」とでも埋め込んだことでしょう。間違っても上句を「こころつよくも過ぐる」という言葉では受け止めなかったはず。

 宋詩が日本に及ぼした影響について、吉川は書中でほとんど触れていませんが、禅僧たちが幅広く宋朝文化の導入と消化に努めていた鎌倉時代のことです。夢窓疎石のこのような歌風は、宋詩への親炙を通して育っていったのかもしれません。私は、夢窓疎石を初めとする中世禅僧の文芸活動について、全般に無知ですし、宋詩についても『宋詩概説』を、不満足を覚えながらも読みかじったにすぎませんから、これ以上の臆断は避け、ひとまず宋詩に夢窓疎石を連想したことのみ、短報しておきたいと思います。# by nazohiko | 2006-04-10 12:12
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by nazohiko | 2006-04-10 12:12 | ☆旧ブログより論考・批評等
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